100人に6人は生涯の中で一度はうつ病を経験しているという研究結果があるくらい、今やうつ病は誰しもかかりうる心の病となっています。
うつ病は、本人はもちろんのこと、その家族もつらい思いをすることがあります。このコラムでは、うつ病の夫との離婚を考えた際に知っておきたい基礎知識をお伝えします。
うつ病とは
まずは、うつ病の特徴についておさらいしたいと思います。既に夫がうつ病と診断されている人は、こちらからお読みください。
症状
うつ病は、脳のエネルギーが足りない状態だと言われていますが、実に様々な症状があります。以下にいくつかのよくある症状を紹介します。
気分が落ち込む
うつ病は、とにかく気分が落ち込んでしまい、以下のような感覚に陥ってしまいます。
- 何をしても楽しくない
- 何をする意欲もわかない
- 気分が重い(もやもやする)
- 倦怠感がある
- 突然涙が出る
食欲がない
先ほど、脳のエネルギーが足りていない状態と書きましたが、体の栄養も十分に取れないこともあります。大好物が目の前に出てきても食欲がわかない、空腹感がない、お腹はすくけれど食べたいものがない、といった症状があります。
睡眠障害(眠れない・起きられない)
うつ病の特徴的な症状のひとつが「眠れない」という症状です。原因としては、脳が強いストレスで疲弊していると睡眠のリズムが崩れてしまうからだとも言われています。ただ、逆に、常に眠たくて日中も起きていられない、という症状が出る人もいます。
自分は価値がないと感じる
「どうせ自分なんて」、「全部自分が悪い」といった考え方になってしまい、ときには希死念慮がわくこともあります。
集中できない、考えがまとまらない
考えなければいけないことや決めなければいけないことがあるのに、集中して考えることができず、結論が出せなくなってしまう人もいます。
重症度の違い
うつ病は、症状の重さによって、軽症、中等症、重症に分けられます。典型症状の多さによって中等症と重症の区別がなされますが、単に症状の多い少ないだけではなく、症状の程度も重要です。重症ともなれば、一日中寝たきりのような状態だったり、声掛けをしてもほとんど無反応で返事をしてくれないといった状態に陥ることもあります。
逆に、軽症のうつ病は、通常の社会生活を送れることも多いので、周囲から気付かれないこともあります。そのため、受診や服薬が遅れ、症状が悪化したり、回復が遅くなってしまうこともあります。また、軽度うつだからといって侮れないと警鐘を鳴らす医師もいます。軽症が故に気力や体力が残っているので、自殺してしまう人もいるからです。
うつ病の原因
環境要因(ストレス過多等)
喪失体験
家族や友人といった大切な人を離別や死別で失う経験をしたり、大切なもの(仕事や財産、健康など)を失う喪失体験は、大きなショックとなり、人から活力を奪います。
対人関係トラブル
家庭内で配偶者と関係が悪かったり、職場で上司や部下とうまくいかないという対人関係のトラブルも大きなストレス要因となります。
ライフステージの変化
結婚や出産といったおめでたいエピソードであったとしても、生活上の大きな変化はストレス要因となって、うつ病の原因になることがあります。
性格
義務感が強い、まじめ、完璧主義、几帳面といった性格の人は、大雑把で楽観主義の人に比べて、うつ病になりやすいと言われています。
その他
他の心身の疾患と合併症のような形でうつ病を発症する人もいます。また、遺伝的にうつ病になりやすい人がいることも分かってきていて、うつ病は様々な要因が絡み合って発症すると言われています。
妻が夫のうつ病に気付くとき
「会社に行きたくない」、「仕事が辛い」と言い出した
仕事上の失敗、会社での人間関係のトラブル、昇進や降格といった人事関係など、仕事にはうつ病の原因となる要素がたくさんあります。
そのため、夫が「会社にいきたくない」、「仕事を辞めたい」と言い、実際に会社を休みがちになったことが原因で夫のうつ病に気付き始めたという妻は少なくありません。
最近、お酒の量が増えた
お酒を飲まないと眠れない夫の様子を見たり、晩酌の量が増えることによって変化に気付く妻もいます。
よく眠れていない。朝、起きられない
例えば、夜中に目が覚めてトイレに行こうと思ったら、先に横になったはずの夫がリビングで起きていたということもあるかもしれません。逆に、朝、なかなか起きてこず、会社に遅刻する日が増えることもあります。
このような睡眠障害の場合、日常生活に支障をきたすことも多く、妻が気付きやすいポイントになります。
無口になった、暴言を吐くようになった
いつもなら食事の際や食後のリラックスタイムに妻や子どもと色々な話をしたり、テレビを見て笑ったりしていた夫が、ふと気付くと口数が少なくなったことに気付くことがあります。
時には、無口を通りすぎて、不機嫌になったり、イライラした様子を見せることもあります。また、そのイライラした気分からとげとげした言葉を発したり、時には爆発して暴言を吐くこともあります。
妻としては、人が変わってしまったような夫を見て、一体夫に何が起こったのかと不安になってしまいます。
体調不良から回復しない
最初は体の不調から始まることもあります。風邪などの日常的な体調不良ではなく、入院や手術を伴う大きな病気になると、心身にかかるストレスは相当なものです。また、会社に迷惑をかけるのではないか、仕事を続けることはできるだろうか、といった焦りもあります。
そのため、体の不調だけではなく、心にも不調を抱えることになり、怪我や病気が治った後も、ずっと心の不調を引きずってしまうことがあります。
妻としては、夫の怪我や病気が治ってほっとしたのも束の間、いつまでたっても顔色が悪い、仕事に行けない(外出したがらない)、食欲が戻らないといったエピソードから異変に気付くことがあります。
離婚を迷っている場合のチェック項目
通常なら、うつ病になった夫を支えたいと思うものですが、うつ病の程度や、日々の繰り返しの中で、以下のようなことが数多く起こってくると、徐々に離婚の二文字が頭をよぎることになります。さて、あなたはいくつ当てはまるでしょうか。
当てはまる数が多ければ多いほど、あなたの今の生活は困難を抱えていると言わざるを得ません。
夫がうつ病の治療に消極的
うつ病は定期的な診療と服薬が回復には欠かせません。しかし、夫本人が治療に消極的で、通院を怠ったり、服薬を勝手にやめてしまうことがあります。
妻としては、そんな姿を見せられると、体調を慮ってあげるのがばかばかしくなってしまいます。
うつ病だと思えない
うつ病と一言で言っても、ほとんど寝たきりの重度のうつ病から、日常生活には支障のない軽度のうつ病まで幅広くあります。
そのため、一見すると、普通に生活を楽しんでいるように見えることもあります。生活を楽しんでいること自体は問題はないのですが、うつ病の夫をサポートするために負担が重くなっている妻にしてみれば、うつ病のはずの夫が楽しそうに飲み会に出かけていったり、昼夜問わずゲームばかりしている姿を見ると、「本当にうつなの??」と疑いたくなってしまいます。
うつ病以外にも問題がある
うつ病が原因か否かは別にして、日々のモラハラ的な言動がひどい夫や、気分にむらがあり、大声で怒ったり怒鳴ったりしたかと思えば、今度は急に静かになって部屋に閉じこもってしまったりする夫もいます。
また、妻の家事・育児への感謝の気持ちがなく、「やってもらって当たり前」という態度の夫もいます。
また、何事にも否定的・悲観的で、妻が何か新しいことをしようとすると「意味がないからやめておいた方がいい。」、「お金がかかるからやめてほしい。」、「何がしたいのか分からない」など、否定的な返事しか返ってこない人もいます。
こうなると、妻としては「うつ病」というよりも、日々の生活の中で夫とのやり取りが嫌になってしまいます。
子どもに悪影響がある
うつ病は心の病ですので、子どもたちにもきちんと説明する必要があります。説明があれば、子どもたちは父親が一日中寝ていたり、これまでと様子が変わってしまったことの原因が分かりますので、ある程度は理解することができ、子どもにとって「悪影響」とまでは言えません。
しかし、上述のように、病気なのに治療を拒んでいる姿や部屋に引きこもってゲームばかりしている姿を見ていると、子どもだって疑問がわいてきます。また、暴言やイライラの発散の対象が子どもにまで拡大している場合は特に注意が必要です。
家計への貢献度が低い
現実問題として、経済的な問題が大きい人もいます。例えば、うつ病で休職しているとしても、休業手当や疾病手当が出ている場合は、少し家計が楽になったりします。
しかし、完全に辞職していて、どこからも何も支給されないとなると、たちまち生活が大変になります。
加えて、うつ病の治療のためにカウンセリングに通っているような場合、大抵は保険適用外となりますので、さらに経済的負担が重くなります。
うつ病でしんどい人に対してお金の相談をすることもできず、ましてや「収入はないのにお金だけはかかる」なんて愚痴を言えるわけでもありません。しかし、現実的な問題として、経済的な負担が離婚を決意させることも少なくありません。
うつ病の夫と離婚する際の注意点
うつ病の夫との離婚を決意したとして、離婚の際に注意する点がいくつかありますので、以下にご紹介します。
うつ病を理由に離婚ができるか
夫が離婚に同意してくれればいいのですが、そうでないケースも少なくありません。例えば、働けていない場合、生活保護をもらうのも恥ずかしい、実家との関係も悪くて帰れない、だからといって頑張って働く気にもなれないと将来の生計の予測が立てられず不安になります。
また、うつ病は医師から「判断力が鈍っているので、大切な決断をしない方がいい」と言われていることも多いですし、まさに自分自身でも「考えがまとまらない」という感覚があり、離婚を決断できないこともあります。
そんな場合、最終的には家庭裁判所に離婚裁判を提訴するしかないのですが、以下に記載した5つの離婚理由のどれかに当てはまる必要があります。
- 配偶者に不貞な行為があったとき。
- 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
- 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
- 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
- その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないと言えるか
うつ病の場合、まずは、4の「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」に当てはまるかを考えることになりますが、想定しているのは、重度の統合失調症などだと言われています。この点、うつ病は「回復の見込みがない」という判断がなされないのが通常ですので、4を理由にするのは難しいかもしれません。
その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき
しかし、上述のように、うつ病だけが理由で離婚したいという人は少ないのではないでしょうか。大抵の場合、暴言や無視、治療に前向きでない(通院や服薬を拒否する)といった理由が潜んでいるように思います。
そのため、次に5「その他婚姻を継続し難い重大な自由があるとき」に当てはまるかどうかを考えることになります。
別居
うつ病は軽症だし、その他の暴言等の理由もない場合は離婚はできないかというと、そうではありません。一定の別居期間があれば、離婚も可能です。詳細は、別居カテゴリーのコラムをご覧ください。
夫のうつの症状に配慮できているか
うつ病の夫との離婚を迷う原因の一つに「病気の夫を見捨てるような気がして申し訳ない」、「私が離婚を告げることで、不測の事態が起こったらどうしよう」といったお悩みがあります。以下では、そういったお悩みを少しでも軽くするために考えておいた方がいいことをご紹介します。
離婚の時期は妥当か
急激に症状が悪化している時期に離婚を切り出してしまうと、症状がさらに悪化し、不測の事態を招くことがあります。また、ようやく治療に前向きになり始めた時期に離婚を告げるのも同様に好ましくありません。
相手の状況は決して良くないけれど、このままでは自分もだめになってしまいそうなときは、まずは、別居を先行させるという方法もあります。
夫の離婚後の経済的自立は目途が立っているか
うつ病の方の経済状況は本当に様々です。多少なりとも働けていて、ある程度の収入がある人もいれば、無収入だけれど、頼れる実家があるという人もいます。
もしくは、無収入で就労も難しく、頼れる親族がいないという人であれば、生活保護の申請やグループホームへの入居なども視野に入れなければなりません。
夫の状況によって、離婚後に夫が経済的に何とかやっていける目途を立てておくと安心です。
養育費
夫が無職や休職中の場合、養育費をもらうことはできません。そのため、養育費について何も決めずに離婚してしまう人が多いのですが、いつまでも無職とは限りません。
「甲(夫)が就労を開始した場合、養育費算定表をもとに養育費について協議する。」といった一文を離婚協議書に入れておくことをお勧めします。
面会交流
夫がうつ病だったとしても、以下の理由から子どもとの面会交流はぜひ取り決めておきましょう。
子どもの安心につながる
夫婦が離婚しても、子どもにとっては大切なお父さんです。そんなお父さんと別々に暮らすことは、子どもにとっても「自分はパパを見捨てたのではないか」、「自分のせいでお父さんの具合がもっと悪くなったらどうしよう。」といった不安や罪悪感を抱く出来事です。
そのため、面会交流の中でお父さんと触れ合い、お父さんの笑顔を見ることができれば、そういった不安や罪悪感を解消することができます。
夫の回復につながる
子どもとのつながりがあることが生きる喜びや働く意義につながります。また、会っている間はかっこいいパパでいたい、元気な様子を見せたいといった気持ちから、治療に前向きにもなれます。
養育費の支払いにつながる
面会交流を継続していれば、目の前にいる子どもの生活にはお金がかかることを実感できます。また、上述の通り、働く意欲にもつながり、収入を得ることができます。
離婚協議を進めるための工夫
離婚するかどうか、離婚するとして、養育費は面会交流といった離婚条件はどうするか、そういったことを話しあって決めていく必要があります。
しかし、相手がうつ病の場合(特に、夫が離婚を望んでいないときや渋々合意はしたけれど、本心では離婚はしたくないと考えている場合)、遅々として協議が進まないことが想定されます。そんな場合の工夫を以下にお伝えします。
期限を設ける
「〇〇までに返事が欲しい。」、「〇〇までに返事がなければ家を出ます。」等と、回答の期限や、その期限を過ぎた場合にとる行動についてしっかりと伝えておきましょう。
自分だけでできることを優先する
例えば、離婚は相手の合意がなければできませんが、別居は自分の意思でできます。また、別居に際し、相手に出て行ってもらうのは相手の同意が必要ですが、自分が出ていくのは自分だけの意思でできます。
このように、相手に依存せず、自分だけでできることを優先してやっていけば、物事を進めることができます。
ADR(裁判外紛争解決手続き)を利用する
夫がうつ病の場合、弁護士に依頼して家裁で争うようなことはしたくない、だからと言って、二人ではなかなか話が進まないといった気持ちの間でどうしていいか分からなくなってしまう人がいます。
そんなときにお勧めなのがADRを利用した民間調停です。ADRであれば、幾分相手の受け止めもソフトですし、また、自宅からzoomで調停に参加するなど、相手の体調に配慮した進行も可能です。何より、家裁の調停委員とは異なり、法的にも調停技法においても専門的な知識を有する調停者が担当するので安心です。
ADRの制度については、以下のコラムをご参照ください。
自分の人生に責任を持つということ
ここまで読んでくださったあなたは、きっとうつ病の夫との離婚に心を悩ませていることと思います。最終的には自分で判断・決断するしかないのですが、判断の際のアドバイスを最後に差し上げたいと思います。
それは、「あなたの人生と『夫』の人生を切り離して考える」ということです。きっとあなたは、自分が夫から離れることで、夫の身の上を案じたり、もっとうつ病がひどくなったらどうしようと心配になっていることと思います。
もちろん、うつ病の夫に対する配慮や思いやりは忘れてはいけませんが、それはあなたを犠牲にすることとは異なります。あなたは、『夫』の人生を背負うこともできませんし、責任を持つこともできません。あなたは、自分自身の人生に責任を持ち、『夫』の人生は『夫』が責任を持つしかないのです。
是非、ひとりで悩まず、ご相談にいらしてください。
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