離婚一般

離婚にまつわる後悔、4人のストーリー

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誰しも、後悔しない離婚を目指しています。そのため、ネットで検索したり、法律相談に行くなどして知識を獲得していきます。しかし、知識だけではどうにもならないのが「気持ち」です。

頭では分かっているけれど、気持ちが邪魔をして前に進めない、取るべき正しい方法を取れないといったことが起こり、後悔につながるのです。

今日は、当センターのカウンセリングやADRで語られる離婚にまつわる様々な後悔を4人のストーリーとしてお伝えしたいと思います。

モラハラ夫だった自分を後悔

家事・育児をバカにしていた後悔

Aさんは専業主婦の妻と5歳になる長女と3人家族です。Aさんは会社員、妻は長女の世話と家事が仕事です。ただ、Aさんは、家事や育児を「仕事」と捉えたことは一度もなく、妻は仕事をせず、家で子どもと過ごしているだけ、という感覚でいたそうです。

そんなAさんですから、もちろん妻の育児や家事に対する感謝の気持ちはなく、逆に外でお金を稼いでこないことをバカにしていました。二言目には「おまえはバカだな。」とか「外で稼げないバカ主婦は」という言い方をしていました。そんなに悪気があったわけではありませんが、今ではひどい言葉だったと後悔しています。

自分のモラハラに気付かないふりをした後悔

今から思うと、数々のモラハラ的言動がありました。例えば、妻が体調不良で朝起きてこなかったとします。そうすると、まず、仕事に行く夫の朝食も作らず、いつまでも寝ているのはどういうことか、朝寝坊ばかりだと子どもの教育にもよくない、外で稼いでいるわけでもないのに家でも何もしないのか、と責め立てます。

つらそうな様子で起きてきた妻を心配する一言もなく、ひたすらイライラした様子を見せるだけです。挙句の果ては、ママ友パパ友との集まりの際に、「うちの嫁は専業主婦のくせに朝食も作ってくれないんだよね~。」と笑い話にしたりしていました。今思うと、そのときの妻の顔は悔しさや恥ずかしさで歪んでいたように思います。

しかも、自分でも「俺のやってることっていわゆるモラハラなのかも」と気付き始めていました。しかし、自分が間違っいるとか、妻が正しいと思ったことはなく、突き詰めて考えることはありませんでした。

別居されても反省しなかった後悔

そんなとき、突然、妻から離婚を前提に別居をしたいと言われました。理由は、夫の高圧的な言動に耐えられないとのことでした。かなり驚いたのは事実ですが、心のどこかでいつもの優越感が存在し、妻はちょっと反抗したいだけなのかもしれないと考えていました。

いつも妻の言動をコントロールしてきましたから、今度もできると思っていました。妻がどう思っているかとか、妻がどうしたいかということではなく、自分がどうしたいかだけを考えていましたので、自分が離婚したくない以上、離婚に至るわけがないという根拠のない自信がありました。

妻の別居希望に対し、「外で働いてくる夫の世話を放棄して出ていくなら、妻としての役割を果たしていないことになる。そうであるならば、自分も夫としての役割を果たすつもりはないから、生活費は一切渡さない。」と答えました。

こう言っておけば、引き留める形にはならず、自分も格好がつくし、妻が生活費なしの別居を選ぶとは思わなかったのです。

しかし、妻は、自分と子どもの身の回りのものだけを持って、妻の実家に帰っていきました。別居を切り出された翌日のことです。この時点で、妻の気持ちは既に決まっていたと今なら分かります。

謝罪の仕方に失敗した後悔

妻と長女が出て行ってからというもの、夫の生活は一変しました。最初の一週間ほどは、自分の気持ちに気付かないようにしていました。部屋が広くなったとか、静かになってよかったと言い聞かせていました。

でも、最初の週末がやってきたとき、虚無感のピークに襲われました。朝起きて、仕事に行く必要もなく、リビングのソファーに座りました。もちろん、朝食も出てきませんし、そばでうろうろ遊んでいる長女もいません。とりあえずテレビをつけてみましたが、いつも長女が見ていたアニメが放送されていて、よけいに辛くなりました。

部屋は荒れ、汚れた洗濯物も山のようでしたが、何一つやる気になりません。その日は、夜までどうやって時間を過ごしたか記憶にないくらいです。翌日は、さすがに家事をやりましたが、掃除も洗濯も上手にできませんでした。

しかし、この期に及んでも、自分の非を認めることができず、自分をこんな目に合わせた妻への不満や怒りの気持ちが収まりませんでした。その結果、妻に宛てて以下のようなメールを送りました。

君と〇〇がいなくなってから数週間がたちました。寂しさがじわじわと感じられ、なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのか、残念な気持ちです。

君は僕の「高圧的な言動に耐えかねた」ということでしたね。確かに、僕の言葉が乱暴なこともあったと思いますが、自分は外で一生懸命働いているので許されるだろうという気持ちがありましたし、あなたも分かってくれていると思っていました。

僕にも悪いところがありましたが、突然に離婚を前提に別居を切り出す君もどうかと思います。そもそも、子どものためにもよくないのではないでしょうか。一度、戻ってきてきちんと話し合いましょう。

このときは、帰ってきてほしい一心で書きました。しかし、妻からはメールで一言、「あなたのメールを読んで、あなたは変わらないと確信しました。いつまでも、自分のことばかりですね。」と返ってきただけでした。

確かに、自分の気持ちばかりで、妻のしんどかった気持ちや、別居や離婚を切り出さざるを得なかった追い詰められた状況に思い至っていませんでした。

婚姻費用を出し渋った後悔

その後、妻から婚姻費用の請求がありました。法律上、支払わなければいけないのは知っていましたが、自分が望んでいない別居のためにお金を支払うのは納得ができませんでした。

しかし、妻から婚姻費用請求の調停を申し立てられてしまい、家庭裁判所で算定表をもとに金額が決められました。

結局、支払わなければならないのであれば、家裁で争う時間が無駄だったし、夫婦間の感情も更に悪化し、最初から支払っておけばよかったと後悔が残りました。

子どもと遊んであげなかった後悔

妻の気持ちは変わらず、結局離婚に至りました。長女の親権は妻がとりましたが、定期的に会わせてもらう約束をしました。

長女との関係性は悪くなかったと思いますが、仕事が忙しく、頻繁に遊んでやることはできていませんでした。子どもの世話をしたり、遊んでやるのは妻の役割で、自分は子育てにおいては補助的な役割だと思っていたからです。しかし、面会交流を始めてから、そのことを後悔することになりました。

長女と単独で遊んだ経験が少なすぎて、どうやって遊んでやれば喜ぶのかが分かりません。せっかくの面会交流なのに、時間がもたず、時計をちらちら見てしまうくらいです。娘も明らかにつまらなさそうでした。

同居中は、このまま娘の成長を側で見ていられるものと思っていました。しかし、私のモラハラ的言動により、生活が一変してしまいました。ようやく、最近になって、自分が悪かったのだと認めることができましたが、時すでに遅しでした。

夫の浮気を許した後悔

Bさんは、ある日、夫の行動がおかしいことに気付きまし。急におしゃれに気を遣うようになったり、帰りが遅くなる日が増えたのです。そして、これまで一度もなかった「泊りの出張」を告げられたとき、夫の浮気を確信するに至りました。

そして、探偵に依頼したところ、Bさんの夫が知らない女性の家に出入りしている証拠が簡単に取れました。

しかし、Bさんは、元々夫と離婚するつもりで探偵に依頼したのではありませんでした。夫に証拠を突き付けて、その女性と別れさせるつもりだったのです。

浮気を責め続けた後悔

当初、証拠を見せられた夫は猛省し、彼女とは別れるし、もう絶対同じことはしないからと平謝りでした。しかし、時間が経つにつれ、夫は「いつまでも罪人扱いしないでくれ」と言わんばかりに、何もなかったかのような態度で生活しはじめました。

何だか腹が立ってきて、事あるごとに不貞を話題にしては夫を責めました。夫に罪悪感を持ってもらい、ずっと反省してほしかったのです。しかし、夫は段々と帰宅時間が遅くなり、家に寄り付かなくなっていきました。

そして、また浮気をしたのです。

夫は、「いつまでも責められて、家庭に居場所がないし、楽しくない。」、そう言って家を出て行ってしまいました。

夫を追い詰めた後悔

被害者なのは自分のはずなのに、なぜ夫に出ていく権利があるのか分かりませんでした。そうこうしているうちに、夫から離婚してほしい旨の連絡がきました。

夫への負の感情が沸き上がってくると同時に、絶対に別れてやるものかと、意地にも似たような感情をいだきました。再度、探偵に依頼して、夫が女性と同棲していることを突き止め、その家に乗り込んでいきました。

悪いのは夫と不貞相手の女性のはずなのに、夫はなぜか「こんなことは、もうやめてくれ」と怒りました。夫は、なぜ相手の女性をかばい、妻を悪者にするのか。敗北感やイライラ、とにかく気持ちが晴れることはありませんでした。

子どもにみじめな姿を見せた後悔

夫が家を出て行ってから8年が経過していました。毎月、夫からは婚姻費用が振り込まれますが、何を連絡しても、決して返信はありません。

特に辛かったのは、夫が子どもたちにも連絡をくれなかったことです。

そして、挙句の果ては、子どもたちから「浮気をしたお父さんは最低だけど、そんなお父さんに執着しているお母さんもどうかと思うよ。」、そんな風に言われてしまったのです。

子どもから「執着」という言葉を聞かされ、ハッとしました。子どもたちの目にいかに自分が醜く映っているかを考えると、いたたまれない気持ちになりました。

夫の浮気が発覚した当初から、「浮気は繰り返すかもしれない」、「私は夫から大切にされていないかもしれない」、「責め続けても夫は離れていくだけ」、「子どもたちの目にもみじめな母親として映っている」、これらのことは全て分かっていることでした。しかし、分かっていながら、どうしても夫と離婚する気持ちになれなかったのです。後悔だらけの数年間を過ごすことになってしまいました。

夫をないがしろにした後悔

Cさんは、年下で気の優しい夫と5歳のかわいい息子との3人家族です。Cさんは専業主婦、夫は中小企業の営業マンでした。

そんなCさんと夫との関係は、子どもができてから、完全に冷めきっていました。もともと、気の強いCさんは、夫に強い口調や態度で応じることが多かったのですが、子どもができてからというもの、さらに拍車がかかりました。

自分のモラハラに気付かなかった後悔

夫はがんばって働いてくれていましたが、あまり収入は高い方ではありませんでした。また、物事を丁寧に処理するため、要領の悪さが目立つこともありました。

そのため、毎日のように「あなたは何をやってもダメだ」、「こんな稼ぎじゃ子どもを養えない」などと夫に文句を言っていました。また、何か気に入らないことがあると、深夜でも何時間でも話合いという名目の説教をしました。

いつも夫は、黙って聞いているか、「あんまりきついことを言うなよ」とちょっとバツが悪そうにつぶやくだけだったのですが、ある日、「もう我慢ができないので離婚してください」という内容の手紙を残し、いなくなってしまいました。

その手紙には、帰宅恐怖症になったことや毎日妻のモラハラに苦しめられたことが書かれていました。その手紙を読んで初めて、自分の言動がモラハラであったことに気付きました。

夫の気持ちを理解しなかった後悔

夫の突然の行動に気が動転してしまいましたし、夫が離婚したがっていることを受け入れることはできませんでした。さらには、直接話もしていないのに、離婚という大切なことを決めるわけにはいかないと思いました。

そのため、出て行った夫に対し、何度もLINEやメールを送り、なぜ離婚したいのか、直接会って話合いがしたいと伝え続けました。

夫は、ほとんど返信をくれませんでしたが、何度かは「離婚したい理由は以前の手紙に書きました。」とか「あなたのきつい言動に耐えられなくなりました」といった返事がありました。また、これ以上連絡をしてこないでほしいとか、連絡がある度に体調が悪くなると送られてきたこともありました。

ただ、連絡をしないとこのまま離婚になるのではという不安や、「逃げている夫はずるい」という気持ちが消えず、どうしても責めるようなメールや、足りない生活費を請求するようなメールを送り続けていました。

そうしたところ、夫の代理人という弁護士から連絡があり、夫はうつ病で休職中であることや、今後は夫ではなく代理人弁護士を通じて離婚協議を進めてほしい旨を伝えられました。

物事が急展開したことや、夫がうつ病になったことが大変ショックでした。自分の気持ちばかりが前に出て、夫がどんな気持ちで家を出たのか、今どんな状況なのか、そういったことに全く考えが及んでおらず、夫を追い詰めてしまったことを後悔しました。

仕事をしていなかったことを後悔

夫がうつ病で休職したとなると、金銭的な援助をこれ以上期待することはできません。しかし、仕事を辞めてから随分と長い年月が経過しているので、今更フルタイムで働く自身がありません。

夫に対し、「収入が低い」とか「要領が悪い」と文句ばかり言っていましたが、自分は夫よりもっともっと稼ぐ力もないし、仕事への自信もないことに愕然としました。

こんなことになるのなら、仕事を辞めなければよかったと後悔しても時すでに遅しでした。

夫が家を出るその日まで、このままの生活が続くことを一ミリも疑っていませんでした。あの頃の自分に、大切に守らなければ、今の幸せが簡単に壊れてしまうことを伝えてあげたいです。

親権を争ったことを後悔

妻の言葉に耳を傾けなかったことへの後悔

Dさんは、妻と妻の両親、小学6年生の長男と小学3年生の二男と6人暮らしでした。子育てが一段落したDさんは、今度は自分に時間を使いたいと考え、社内の昇格試験を受けるなど、キャリアアップに積極的でした。一方、Dさんの妻も大手企業の総合職として働くキャリアウーマンでしたが、子育てのために時短勤務をしていました。妻の両親は、同居の上、長男二男の育児を手助けしてくれていました。子どもたちと関わる時間は、妻の両親が一番長かったと思います。

最初は、妻も仕事に打ち込むDさんを応援してくれていました。しかし、ある時期を境に、「子育てがほとんどできないくらいなら、少し仕事をセーブしてはどうか。」と言うようになりました。

しかし、仕事も面白いし、同僚に負けられないという気持ちも強く、妻の要求に応えることはしませんでした。

今思えば、この段階で妻の言うことに耳を傾けていれば、まだまだ引き返せたのではないかと後悔しています。

簡単に離婚を考えた後悔

それからも、少しずつ妻との関係は悪化し、会話らしい会話もなくなってしまいました。平日の帰宅時間はどんどん遅くなる一方で、子どもたちが寝てから帰宅することもしばしばでした。せめて休日は家にいようと心掛けていましたが、平日の疲れもあり、昼近くまで寝ていることもしばしばで、起きると既に家には自分だけ、ということもありました。子どもたちはサッカーに打ち込んでいましたが、週末の練習や試合の引率はすべて妻が担っていました。

そんなとき、妻から「この状況が改善されないなら、離婚したい。」と言われました。仕事を頑張っている自分を認めてくれないことに悲しくなると同時に、この際、妻との離婚もやむを得ないという気持ちになっていきました。

しかし、最後通告とも思える妻のこの言葉を真に受けてしまったことを後悔することもあります。もしかすると、妻は気付いてほしい思いで厳しいことを言ったのかもしれません。ほんとうに離婚意思があったのかどうか、気持ちを試しただけなのかもしれないと、今でもそう考えてしまいます。

親権を争った後悔

離婚したとしても、決して親権を譲るつもりはありませんでした。ここのところ、あまりお世話ができていないとはいえ、子どもたちが幼少のころ、かなりの時間を育児にさいてきた自負があったからです。

妻には、離婚には同意するけれど、親権は譲れない旨を伝えました。妻は、今の生活状況を考えれば、Dさんに子どもたちを任せられるわけがないと激怒し、真向から対立することになりました。

自分でも勝ち目がないのは分かっていましたが、離婚自体に納得がいっていないこともあり、引き際が分からなくなってしまいました。

その後、家庭裁判所で離婚調停が開かれましたが、親権で折り合いがつかず、裁判にまでなってしまいました。裁判になった後は、双方が弁護士をつけ、相手を批判する書面の応酬です。

どうせ負けると分かっているのに争った結果、時間とお金だけがかかり、残ったのは妻への負の感情と疲労感だけでした。

妻から離婚を打診されたあの日、まさか、こんな未来が待っているとは夢にも思いませんでした。どこをどう間違ってこんなことになってしまったのか。小さなボタンの掛け違いが重なり、お互いに顔も見れないくらい、関係が悪化してしまいました。もちろん、こんなことをしている間に、子どもたちとの関係もぎくしゃくしてしまい、今や月1回の面会交流でもよそよそしい態度を取られるだけです。

感情に振り回されず、理性的な選択を

ほとんどの人にとって、離婚は初めての経験です。相手と感情的にぶつかったり、すべてを失ったような気持ちになったり、精神的なダメージもとても大きいものです。そのため、素直になれなかったり、意地を張ってしまったりして、より相手との関係が悪化する選択肢を取ってしまったりします。

そんなとき、いくら法律に基づいて理路整然と説得や説明をされても、やはり気持ちを変えることはできません。必要なのは、自分の気持ちを吐き出しつくすこと、そして、それが終わったら相手の気持ちを想像してみることです。離婚は一生を左右する一大事です。感情に振り回されず、理性的な解決を目指していただければと思います。

 

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