楽しく会話したいのに、夫婦の会話がかみあわない。相手の気持ちを知りたいのに話してくれない。自分の気持ちを分かってほしいのに全く伝わらずいら立つ。そんな経験を皆さんお持ちではないでしょうか。
このような経験を積み重ね、いつのまにか気持ちが離れ、離婚に至る。そんなことになる前に今回は、自分も相手も大切にするコミュニケーション「アサーション」についてお伝えします。
結婚とはどういうことか
自分の理想の人と出会い、その人と交際する中で、これから幸せに満ちた生活をしていくのだろうと想像したりします。そして、その相手と結婚を決めた時は、だれでも「この人とならきっと幸せになれる」とどこかで全く根拠のない確信を持っています。その期待が大きければ大きいほど、失望も大きいといえます。まず結婚とはどういうことかを確認しましょう。
結婚は違う文化のふたりが新しい家族を作る
例えば、妻の実家は貧しく、何事も節約し、ささやかに暮らすことがこれまでの日常だったとします。一方夫は、経済的に豊かだったので、毎日豪華な食事をしていました。果たして、このようなふたりの新生活はどんな食事をとると上手くいくでしょうか。
結婚は、違う環境で生きてきたふたりが、双方ともに安心して生活できることが必要です。この食事の例のように、毎日の生活の中で数多くの相違点が出てきます。そのたびに、その相違点をどのように調整すればふたりが心地よく生活できるのか、双方が考える必要があるのです。
結婚は、個人と個人の自由な結びつきである
日本の結婚は、歴史的に親子関係を中心に行われており、親が子どもの結婚相手を決めていました。今はほとんどそんなことはなくなってきているとは思いますが、今一度、結婚はお互いがパートナーを選ぶことによって結ばれる社会的な関係であり、選んだ責任は自分にあることを自覚しましょう。
結婚後に陥る落とし穴
パートナーを親と比較してしまう
人は家族に対するイメージ、価値観、思い込みを自分の育った家族の影響を受けながら心の中で作り上げていくものです。自分の親にプラスの感情が多いと、パートナーが親と違う反応をするといらだちを感じます。心の中に生き続ける親とパートナーは違うということを認識しましょう。
「こうあるべき」に縛られる
「こうあるべき」は成長する過程で、誰もが身に付ける社会規範です。しかし、その「こうあるべき」に縛られすぎると相手も自分も不自由です。
夫としてこうあるべき、妻としてこうあるべき、親としてこうあるべき、夫婦はこうあるべき、それは自分勝手な思い込みであることがほとんどです。パートナーと対等で心地よい関係を築いていくために「こうあるべき」を上手く手放すことが大切です。
- 愛しているなら、言わなくてもわかる(べき)
- 夫婦の考えは同じである(べき)
- 夫婦ならば言いたいことを何でも言う(べき)
- 相手が傷つくことは伝えない(べき)
- 上手くいっている夫婦は喧嘩をしない(べき)
パートナーを自分の思い通りに変えようとする
自分とパートナーの考え方が違うと、無意識に「自分が正しい」「自分が優位に立ちたい」と思い、相手を何が何でも自分の思い通りに変えようとしてしまいがちです。
しかし、力ずくで相手を変えようとしてもパートナーはどんどん自分から遠ざかります。自分の力で変えられるのは自分だけであること、自分とパートナーの考え方が違うのは当然であることを早く受け入れましょう。上手くいっている夫婦はこのふたりの違いを上手く調整しているのです。
しかし、ふたりの違いを上手く調整することは、至難の業です。その有益な方法として、「アサーティブなコミュニケーション=アサーション」をご紹介したいと思います。
アサーションとは
アサーションは、1950年にアメリカで生まれたコミュニケーションで1980年に平木典子さんによって日本に紹介されました。
アサーティブとは自分も相手も大切にするという意味で、アサーションは自分も相手も大切にする自己表現です。
アサーションは相手を思い通りに動かすテクニックではなく、相手の気持ちや考えや欲求を理解しようとする姿勢で傾聴を大切にしています。
アサーティブに「話す」
自分の気持ちや考えを率直・誠実・適切に伝える
適切な方法の中にはどんな場面で話すかということが含まれます。パートナーがゆとりを持って対応できる時、疲れていない時を探す気配りが大切です。
Iメッセージを使う
Iメッセージは自分の発言に自分で責任を持つという姿勢が伝わる表現方法です。「私はあなたに○○してほしい」「僕は君に○○をやめてほしい」など、YOUメッセージと比べると相手を責める感じがなく、穏やかに伝わります。
肯定的なメッセージを伝える
日常の感謝や「こんなこと当たり前だから言葉にしなくていい」と思っていることを意識的に言葉にして伝えると、ふたりの関係性が優しいものになり、相手を大切にしている気持ちが伝わります。
「いつも家族のために働いてくれてありがとう。」、「いつも美味しい食事を作ってくれてありがとう。」など、照れくさいかもしれませんが、こうしたやり取りを繰り返すことで、ふたりの間に良い循環が生まれます。
アサーティブに「聴く」
違いを許容する
考えを理解することが大切なのであって、考えが同じでなくても大丈夫なのです。パートナーを大切にするということは、パートナーと同じになるということとは違います。考え方が違ってもパートナーの考えを認めることが大切です。
きちんと聞けているか確認する
自分では十分に聴いていると思っていても、案外パートナーは不満をもっていたりと、食い違いが起こることがあります。話の最後などに「私はあなたの気持ちをきちんと受け止められたかな。」と確認してみるのも良い方法です。
問題解決を急がない
パートナーが「困ったことが起きた」と話していたとします。そんなとき、相手の様子も観察せずに、「解決するには〇〇が必要だね」などとアドバイスしていないでしょうか。
パートナーは「それは大変だったね」、「それは困ったね。」と自分の気持ちをねぎらってもらったり、寄り添ってもらいたいと思っているだけかもしれません。それなのに、問題解決の方法論などを提案されると「私は大切にされていない」と感じてしまいます。
問題解決のプロセスも人それぞれ違います。お互いに今は何をする時なのか話し合っていきましょう。
喜んでパートナーとの違いを受け入れる
理論的にも感情的にもなりすぎず、どちらも交えながら話を聴くことが大切です。
パートナーとの違いが明確になると、「こんなに違う人とやっていけるかしら」と不安を感じることもあると思います。しかし、違いがあるのが当然なのですから、むしろ、早く違いがわかったことを喜びましょう。
なぜなら、違いが分かることで、パートナーに自分の価値観を押し付けずに済むからです。
マイナスの感情を恐れない
話を聴いていると、パートナーが自分に対するマイナスの感情を表してきたり、自分が悲しい気持ちになったりする時があります。そんな時は全てを否定しないで、「あなたは、そう思っていたんだね。」とパートナーの考えを受け止めましょう。
そして、自分に対しても「私は今、悔しい気持ちなんだ」と優しくありのままの感情を受け止めましょう。
自分にゆとりのある時に聴く
アサーティブに聴くために一番大切なのは、自分の状態です。自分が疲れていない時、自分に大きな問題が起こっていない時など、自分にゆとりがあることが大切です。
アサーティブに「話し合う」
アサーティブを心掛け、上手にパートナーとの違いを調整できるようになると、会話が建設的になり、お互いの衝突が少なくなります。さて、調整するとは具体的にどうすれば良いでしょうか。事例を通して考えていきましょう。
食事に関する事例
「食事くらいで」と思うかもしれませんが、食事は生活の根幹であり、個人のこだわりや好みが大きくでる場面でもあります。以下では、結婚記念日だから、いつもよりワンランク上の食事をしたいと妻が願っている場合のアサーションを考えてみましょう。
ステップ1:具体的に伝える
「私は今日、あなたと外食をしたいの」
ステップ2:説明する
「今日はふたりの結婚記念日だから、いつもと違う雰囲気でふたりで出かけたいし、私は少し疲れているから、リッチなご飯を食べて元気になりたいの」
ステップ3:具体的な提案をする
「私は、〇〇のレストランに行きたいと思っているのだけどどうかしら?」
ステップ4:選択する
夫がYESと言ったら「ありがとう。感謝するわ・嬉しいわ」
夫がNOと言ったら、その理由を聴き、C案を提案する
外食をすることには賛成だが、今日は乗り気になれない場合
「今日がだめなら、来週はどう?」
外食すること自体がイヤな場合
「では、外食でなくて、デリバリーを頼むのでどう?」
妻の提案を全く拒否の場合
「今回は、あなたがその気分でないなら仕方ないからあきらめるわ。でも次の時はあなたと楽しみたいと思っているから、考えておいてほしいの。」
お互いの意見が対立した時は、どちらが正しいかを追求しないで、どちらも正しいと考え、自分のA案・パートナーのB案・ふたりの新たなC案を考えるというイメージでC案を考えることを楽しみましょう。
離婚の話合いもアサーションでいこう
離婚協議の際もアサーションを心がけたいものです。離婚という一見ネガティブなテーマの時も自分もパートナーも大切にした自己表現を心がければ、充実した話し合いができるはずです。以下では、離婚協議におけるアサーションについて考えていきましょう。
アサーティブに離婚協議するメリット
子どもの福祉にかなう
離婚意思、親権者、養育費、面会交流、財産分与など、離婚条件のどれをとってもアサーティブに話し合うことが有効です。
しかし、特に、親権者、養育費及び面会交流についてアサーティブに話し合うことは、両親の離婚を経験するお子さんの心にも影響する大切なことです。
お子さんに関する離婚条件は、徹底的に争ってしまうといい結果は生みません。お互いの考えの違いを認め合い、双方が納得できるC案を探しましょう。
離婚後の父母の関係にも役立つ
夫婦にお子さんがいる場合、離婚によって夫婦という関係は終わったとしても、子どもの父母という関係性は続きます。その際にも、アサーションを心掛けた会話を行うことで、離婚前の紛争性の高い夫婦関係ではなく、理性的な関係を保つことができます。
アサーティブな離婚協議の例
妻は離婚を決意しているけれど、夫は離婚したくないと考えている場合を例にとって、アサーティブな離婚協議を考えてみましょう。
離婚を切り出した人と離婚したいと言われた人の気持ちはかなりの隔たりがあるものです。離婚したいと言われた人は、自分の全てを否定されてしまったような気持ちになり、絶望したり、相手を攻撃したりします。
そんな時、特に離婚したい人は、できる限りパートナーの気持ちに寄り添ってアサーティブな自己表現をしてみましょう。
伝える・説明する
Iメッセージで具体的に伝え、説明する
「私は、あなたと生活習慣が合わなくて、疲れたから離婚したいの」
肯定的なメッセージで相手を全否定しているのではないことを伝え、説明する
「でも、私は、あなたが子どもを愛していてくれることはとてもうれしいと思っているわ。」
「私は、あなたが自分の趣味を充実させたいと思っていることはわかっているわ。でも私の願っている生活はあなたの趣味を充実させることとは両立できないとわかったの」
具体的に提案する
「私は、あなたと離婚してもあなたの事を尊敬している気持ちには変わりないし、あなたの趣味の応援はできる限りするわ」
「子育ての相談も色々とさせてほしいと思っているわ」
選択する
夫がYESと言ってきたら
「離婚を受け入れてくれてありがとう。あなたとこれからも良い関係でいるためにできる限りのことをしたいと思っているから、あなたの願っている離婚条件を教えて?」
夫がNOと言ってきたら
その理由を聴き、今は全く考えられないと言われたら、
「あなたは今、離婚したくない気持ちなのだということはわかったわ。でも、私は離婚したい考えは変わらないわ。あなたはこの話し合いはどうすればよいと思う?あなたの考えを聴かせてほしいの」
といった感じでC案を考えることに入れると理想的ですが、どうしても感情が邪魔をすると話し合いが決裂してしまいます。
アサーティブな離婚協議のためにADRを利用しよう
ここまで夫婦のアサーションについて具体例を交えながらご紹介してきましたがいかがでしょうか?
離婚の話し合いもお互いを尊重してアサーティブに行えることが理想ではありますが、長年色々な出来事を通して信頼関係が崩れたふたりが自分も相手も大切にして話し合いをするなんて、とてもできるわけがないと感じられた方も多いと思います。
その一方で、夫婦関係の締めくくり、最後ぐらいは穏やかに、喧嘩をしないで終わらせたいと思われている方もいらっしゃると思います。そんな方はぜひ、ADRを利用して離婚の話し合いをすることをご検討いただければと思います。
ADRは調停者がおふたりと一緒にC案を考えます
家族のためのADRセンターでは、話し合いが対立したとき、調停者がおふたりと一緒にC案を考えます。様々な離婚事案と出会ってきた調停者なので、バリエーションを持ってC案を提案させていただきます。
ADRは調停者がお二人の気持ちを大切にします
葛藤が強く、パートナーに肯定的なメッセージを伝えられなくても、ADRがお手伝いします。
ご自身では、パートナーに直接肯定的なメッセージを伝えることが難しくても家族のためのADRセンターでは、調停者が申立人の気持ちも相手方の気持ちも大切にして支えることに力を注ぎます。
どちらが正しいではなく、両方正しいという原点に立っての解決
家族のためのADRセンターは離婚の話し合いが争いにならず、お互いを尊重した形で進んでいくことを願って活動しています。家庭内の問題は特に、どちらか一方が正しいという白黒で解決することはほとんどありません。起きている問題がお互いに精一杯やってきた結果だとお互い認め合えれば離婚後の人生を前向きに歩むことが出来ます。
最後に
「相手を尊重する」「対等な関係」という言葉は知っていても果たしてどう行動することが、どう会話すれば、そうなるのかあいまいなままにこれまで過ごされた方も多いのではないでしょうか。このコラムがその疑問の解決にお役に立てれば本当にうれしいです。
コラム執筆にあたり野末武義著「夫婦・カップルのためのアサーション」金子書房を拝読しました。とても読みやすい著書でしたので、ご興味のある方はぜひお読みください。
アサーションが身に付いたら、いつでもどこでも誰と居ても気持ちがよく、幸せになるのではないかと思いました。
私たちの社会は上下関係、支配関係にあふれていますが、多くの人がアサーションを身に付けて傷つけ合わない社会になることを心から願います。