今日は、おそらくみなさんがあまり聞きなれない言葉であろう「片親阻害症候群(PAS)」について書きたいと思います。
片親阻害症候群(PAS)とは
片親疎外症候群(PAS)は病気なのか??
片親疎外症候群(PAS)は、1980年代初め、アメリカの精神科医リチャード・A・ガードナーによって提唱されました。現在は、片親引き離し症候群ともよばれています。
「~症候群」という名前がついているので、病気のようなイメージを持たれるかもしれません。
しかし、現時点では、医学的にも心理学的にも様々な議論がありながらも、症候群や疾患として認定している専門職団体はありません。
そして、片親から引き離すこと自体が疾患に結び付くのではなく、片親から引き離すことによって、子どもに分離不安、摂食障害、抑うつなどの症状が見られることがあり、その症状のことを片親疎外症候群とよびます。
片親疎外症候群(PAS)に陥る過程
片親疎外とは、子どもと同居している親(同居親)の好ましくない行動によって、子どもと別に暮らしている親(別居親)と子どもとの関係が不当に破壊されることをいいます。
同居親の好ましくない行動とは、意識的か否かに関わらず、同居親が別居親の誹謗中傷や悪口といったマイナスのイメージを子どもに吹き込むことです。
そして、そんな環境の中で育った子どもが情緒不安定になったり、対人関係に困難を感じる状態になってしまうことを片親疎外症候群(PAS)というのです。
子どもと別居親の関係悪化
子どもと別居親との関係が悪くなる原因
同居中は良好だった親子関係が、別居や離婚を機に悪化してしまったとします。
その原因は、同居親なのでしょうか。
もちろん、同居親が積極的に別居親の悪口を子どもに吹き込んでいる場合は、同居親が悪いことになります。
しかし、実際はそんなに単純ではありません。
親の別居や離婚を経験している子どもは、少なからず、別居親が自分から離れたように、同居親も自分から離れてしまうかもしれないと不安に思っています。そして、必要以上に同居親の思いを敏感に感じ取り、その思いに沿ったような振る舞いをしてしまうのです。
そのため、子どもが別居親を嫌いになってしまうのは、すべて同居親による悪意のプログラミング(子どもの心をコントロールする、洗脳する)が原因なのではなく、子どもの本能的な部分によるところも大きいのです。
関係悪化の具体例
同居中は良好な関係であった親子なのに、両親の別居後、子どもの別居親への態度が変わってしまったという具体例をご紹介します。
面会交流の場面で「お父さん嫌い!」「面会交流の時間がもったいない!」「私にかかわらないで!」と言い続ける
別居親のことを「パパ」「お母さん」と呼ばず、「〇〇さん」「あの人」「あいつ」などと呼ぶようになる
別居親が出した手紙に「うけとりきょひ」と子どもの字で書いて返信されてくる
別居親としては、同居中はなついてくれていた我が子が豹変してしまったように感じ、ショックが大きかったりします。
また、その原因を同居親の言動に求め、「同居親のせいで子どもはこうなってしまった」と、相手に対する憎悪を強める結果になってしまうのです。
片親疎外が子どもに及ぼす影響
精神的な問題を抱えやすい
片親だけに育てられた子どもは、次のような問題を抱えやすかったりします。
・学業不振
・睡眠障害
・抑うつ症状
・自殺企図 など
研究によっては、両親に育てられた子どもに比べ、片親に育てられた子どもがこれらの問題を抱える確率は2倍に上ると結論づけているものもあります。
親の役割を上手く果たせなくなる
親には、母親と父親の二つの異なる性の役割があります。
そして、子どもにとって、自分の親は一番近い大人のモデルであり、そのモデルから男女の役割を学んでいきます。
しかし、別居親が子どもと同性だった場合、異性の親のモデルを知らずに成長してしまうため、自分が親になったとき、その役割を上手く果たせなくなることが考えられます。
例えば、男の子が母親と暮らしていたとします。そして、離れて暮らす父親と会えていなかったとしましょう。そうすると、その男の子は、男性が夫もしくは父親として家庭内でどのように振る舞い、どのような役割を担うのかが分からないまま成長してしまうのです。
その男の子の周囲に、男性モデルとなる親戚のおじさんがいたり、母親が再婚して新しいお父さんができればいいですが、周囲にそういう対象がいないこともあります。
そうなれば、その男の子は、漫画やドラマ、インターネットから情報を収集するしかないのです。しかし、架空の世界の男女関係は、現実のそれよりとてもシンプルで分かりやすく描かれていたりします。
実際に夫婦になれば、好きだ嫌いだという単純な感情だけで結ばれているわけではありません。男性が強くて女性が弱いわけでもありません。また、完璧なイクメンのように描かれていても、心の中では葛藤や迷いがあったりもします。
いろんな波風がある中で、夫婦として、家族として、その荒波を乗り越えていく姿を近くで見ることができないのは、子どもにとっては大きなハンデなのです。
同居親との関係もうまくいかなくなる
別居や離婚が子どもの思春期以降に起きた場合、子どもから片親が引き離されてしまうと、その子どもは同居親からも精神的に離れていくことが多いと言われています。つまり、同居親とあまり話さなくなったり、自室に引きこもったりしてしまうのです。
ある程度年齢が大きい子どもは、家庭外から収集する情報量も多くなり、判断力もついてきます。そうなると、同居親の言動(別居親の批判をしたり、別居親に会わせないようにしたり)が世間的にはどう評価されるものなのかが分かってきたりします。
おまけに思春期です。
結果として、同居親に対する不信感が募ったり、よく思えなくなってきてしまうのです。
片親疎外にならないために親ができること
子どもの思いと親の思いの境界線を意識する
親同士が抱いている感情と、子どもが親に抱いている感情は別ものです。しかし、この二つの境界線がなくなってしまうと、親は子どもの思いを自分の思いで支配してしまいます。
その結果、子どもは「無自己」の状態で生きることになりかねません。
親は、子どもの思いと自分の思いは違うかもしれないことをいつも意識するようにしましょう。
相手のマイナスな部分を子どもの前で言わない
別居や離婚をすることになった夫婦ですから、相手の悪い部分ばかりが目に付くものかもしれません。しかし、それを露骨に子どもの前で言ってしまうのはいかがなものでしょうか。
言い古された言葉ですが、子どもには、両方の親の血が流れています。そして、子ども自身も自覚の有無にかかわらず、自分は両方の親から形成されていることを感じています。
そのため、子どもは、自分の半分を形成している親の悪口を言われることで、自分の半分を否定されたような気持ちになり、自尊感情を深く傷つけられるのです。
不倫のあげく妻が出て行ったとしても、「あの女はお前を捨てて出て行った。もう母親でもなんでもない。」などと言ってしまうのはダメなのです。
夫のモラハラが原因で別居したからといって、「あの人のせいで〇〇くんは父親なしの生活になったのよ。ママはあの人が大嫌いで、目の前にいると震えてしまうの。」なんてストレートに表現してはいけないのです。
夫婦の対立関係を長引かせない
離婚後の子どもの発達に悪影響を及ぼすのは、離婚自体が「悪」なのではなく、父母の対立が長引いて深刻化し、その狭間で子どもが苦しむからです。
親はなるべく早期に争いを終わらせるために、何が正義かの視点ばかりでなく、どうすれば折り合えるかを考える姿勢を持ちましょう。
さいごに
繰り返しになりますが、子どもが片親疎外症候群(PAS)に陥ってしまうのは、誰に責任があるのでしょうか。
別居親の悪口を言い、結果的に会えなくする同居親だけが悪いのでしょうか。
私はそうは思いません。
一部の例外はありますが、多くの場合、同居親だって好き好んで片親疎外の状況を作っているのではないのです。
だれだって、子どもから親を奪うようなことはしたくないし、親を嫌うような子どもにはなってほしくないはずです。
しかし、そんな思いが吹き飛んでしまうような状況があるのです。
婚姻期間中、とてもひどい仕打ちを受けてきたかもしれません。頭では、「こんなこと言ってはいけない」と思っていても、口に出して相手を批判しなければ、自分の精神が崩壊してしまいそうな人もいるでしょう。
また、普通に振舞おうとしても、別居親のことを考えると、表情が曇ってしまったり、声に元気がなくなってしまう人もいます。子どもはとても注意深く親を観察していますから、そんな同居親の気持ちを察することはいとも簡単であり、その結果として、自分も同じ感情をもとうとするのです。
つまり、片親疎外に至った原因は、同居親だけではなく、同居親と別居親の関係性の中で生まれてきたということです。
そのため、これまでの婚姻期間において、自分がいかに相手に嫌な思いをさせていたかということを棚に上げ、子どもに会わせないのは片親疎外だと批判したところで、同居親には全く響かないのです。
まずは、自分の言動を顧み、過去の夫婦関係において自分には非がなかった、思い当たることがあるとしたら、それに対する謝罪はしたのか、そんなことを考えてはどうでしょうか。
もちろん、自分が親権をとるために、意図的に子どもの気持ちをコントロールするような同居親は言語道断です。
子どもは、親の道具や付属物ではありません。
両親が離婚しても、子どもは父からも母からも健全な愛情を受けながら育つことが望ましいのです。
子どもが両親の間で苦しんでいることを病気という風に言ってしまう片親疎外症候群(PAS)の考え方は、いささか行き過ぎかもしれません。
しかし、子どもの心のサインを親はしっかり受け止めてほしいと思います。