代表小泉のつぶやき

平成離婚と来るべき令和の離婚

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今日は、過ぎ去っていった平成時代の離婚を振り返り、これからの令和時代の離婚を考えてみたいと思います。

平成の離婚の特徴

子育てがしにくい時代

平成は、子育てがしにくくなった時代ではないでしょうか。

子育てグッズは進化し、抱っこやひもやベビーカーなどもハイスペック化しました。また、絵柄や色の選択肢も増え、昭和の時代には必要性重視だった子育てグッズに「おしゃれ」の要素が加わりました。

しかし、一方で、産後うつという言葉が知られるようになったり、虐待も増えました。

以下では、平成時代の子育てのしにくさや、それが夫婦関係にいかに影を落としていたかについて考えてみたいと思います。

核家族化によるワンオペ育児

親世代と同居する夫婦が減り、里帰り出産の後、数か月が経過すると、いきなり夫婦と赤ちゃんだけの生活が始まります。

しかし、父親である夫は、普通に毎日会社に出かけていきます。妻としては、「夜中に起こしては申し訳ない」、「育児は私の仕事」と抱え込むことになるのです。

そして、産後うつや産後クライシスといった言葉が表すように、夫婦ともに産後の急激な心身や環境の変化に対応できず、気付かないうちに夫婦の溝が深まっていくのです。

子育ては「楽しいもの」という呪縛

子育ては、決して楽しいことばかりではありません。特に第一子の子育ては、初めてのことばかりで、戸惑って当たり前なのです。

それに加えて慢性の寝不足、ホルモンバランスの変化など、体調も辛いこと尽くしです。

しかし、巷に出回っている子育て情報では、素敵なママタレがおしゃれな服を着て、まぶしい笑顔の赤ちゃんと幸せそうに写っています。これ以上ないくらい、幸福度満点です。

しかし、ふと自分を顧みてみると、髪はぼさぼさ、服はヨレヨレ、子どもは傍で癇癪を起して泣きじゃくっている・・・。

「こんなはずじゃなかったのに…。」「子育てを楽しめない私がおかしいのかしら…。」と自己嫌悪に陥ってしまうのです。

妻は、そんな気持ちを夫に打ち明けることができず、助けを求めることもできなかったりします。

この時期を夫婦で乗り切ったという経験がある夫婦は、強い絆で結ばれ、信頼関係も増します。

しかし、この辛い時期を妻単独で乗り切った場合(もしくは妻がそう思っていた場合)、妻の心には、いつまでもぽっかりと穴が開いたままです。

夫婦間に何か波風が立ったとき、当時の辛い思いが沸々とわいてきて、「あの時も、あの人はそうだった・・・。」とマイナス思考一直線なのです。

「何か」しないといられない

赤ちゃんと二人きりで家にいると、何をしていいか分からない、息が詰まってしまう。特に第一子の場合、そんな母親も増えているように思います。

毎日のように、子連れヨガ、ベビーマッサージ、児童館のイベントと、外出ばかりです。

何か予定を入れていないと、不安で仕方がないのです。

本来、赤ちゃんとのんびり自宅で過ごす時間はとてもぜいたくな時間です。二人で寝転がって、見つめ合っているだけで、満たされる時間のはずです。

しかし、二人きりの時間を持て余し、隙間を埋めるように外出するのです。

そんな妻の姿を見て、夫も「妻は、子育てをこの上なく楽しんでいる」と錯覚するのです。

そして、必死の思いで時間を埋めている妻に対し、「おまえはいつも遊んでばかりでいいな」などと声をかけてしまい、夫婦関係が冷え切っていくのです。

女性の社会進出

まだまだ、な部分もありますが、平成は、昭和の時代に比べ、女性の社会進出が進みました。

そのため、結婚や出産を経験しても、家庭に入るのではなく、キャリアを継続する女性が増えました。

しかし、だからといって、会社や男性の意識が一気に変化するものではありません。

家事や育児を分担する男性も増えてきましたが、やはり、「家事育児をメインで行うのは女性」という感覚を持っている人が多いのではないでしょうか。

「勤務時間はほぼ変わらないのに、なぜ私だけが夕飯を作っているのか」

「私だって、残業や出張をしたいのに、キャリアを我慢させられるのはいつも私ばかり」

「平日、同じように働いているのに、なぜか土日の朝寝坊が許されるのは夫だけ」

妻はそんな不満を心に抱き、夫婦関係にひびが入っていくのです。

教育費の増加

子どもの数が減った分、一人の子どもにかけられるお金は増えました。

特に、都市部では、教育費の負担が重く両親の肩にのしかかります。小学校お受験のために月に十数万円のお教室に通わせることから始まり、中学受験の塾代、私立の中高の費用、大学4年間(理系の場合は6年間)の学費と、子どものために数千万円がかかる計算になります。

そんな教育費の増加が夫婦関係に与える影響も大きかったのではないかと思います。

教育方針の不一致

一時期、教育虐待という言葉も聞かれましたが、子どもを過度に勉強させたり、子どもの意思をそっちのけで、親が一方的に勉強を強いるという状況が出てきました。

そういう親に限って「子どもが受験したいと言った」などと言うのですが、実際、子どもに「ノー」を言う選択肢がないことも多くあります。

父母共に教育熱心な場合、同じ方向に向かって邁進するのみですが、意見が分かれることもあります。

一方は、子どもの教育に自分の人生をかけんばかりの勢いですが、もう一方は、冷めた目で「そこまでしなくても・・。」と横やりを入れます。

そして、教育にかかる費用が高額になればなるほど、この方向性の違いが原因で夫婦げんかが増えていきます。

「〇〇(子ども)にかかるお金がいくらになってると思うんだ!うちにそんな余裕があると思うのか!」

「あなたは〇〇が可愛くないんですか!私はいくら貧乏しても、〇〇が頑張るのを応援してあげたいと思っています!」

といった具合に、教育問題がお金の問題、ひいては夫婦間の問題へと発展していくのです。

教育費が不安で離婚できない

離婚相談を多く受けていると、ある一定の傾向を感じることがあります。

それは、女性が離婚に踏み切る時期についての傾向です。

まず、子どもがまだ小さい場合、女性は驚くほど潔く離婚を決意し、すっきりと前を向きます。しかし、子どもが中高生になると、急に離婚に踏み切れなくなります。その理由として、高額な教育費や、さらにその先の大学の学費が現実のものとして重くのしかかってくるからです。

しかも、仕事を辞め、家庭に入ってから、すでに十数年がたっています。今更、正社員で働く自信もなければ、若くもないので再婚への希望もあまり持てなかったりします。

そのため、この時期に夫から離婚を切り出された場合、妻は経済的不安から首を縦に振ることができません。しかし、夫にしてみれば、子どものことばかり気にかけ、自分には見向きもしない妻、教育費にばかりお金をかけ、自分にはネクタイ一本買ってくれない妻、夫婦関係はすでに冷え切り、けんかのたびに「あなたとは離婚よ」と言い放つ妻がなぜ離婚に応じてくれないのか理解できません。

そのため、離婚協議は困難を極め、泥沼化してしまうことがあるのです。

ちなみに、余談ですが、子どもが大学を卒業し、巣立っていった後、妻は「自分一人なら、何をしてでも生きていける」という覚悟が持てるようになります。

そのため、平成離婚はМ字型なのです。

熟年離婚

熟年離婚というワードそのものが平成に新しく広まった言葉であり、平成時代の離婚の象徴的な存在になっているのが熟年離婚です。

そして、熟年離婚にも、いくつかの平成ならではの傾向があります。

年金分割

通常、専業主婦の妻とサラリーマンの夫の場合、将来受給する年金に大きな開きが出てきます。

専業主婦だった妻は、雀の涙のような年金で生活できるわけもなく、生きていくため、ぐっと我慢して婚姻を継続するしかなかったのです。

しかし、平成19年4月、離婚した際、将来受給する年金を分割できる法律が施行されました。この法律のインパクトはとても大きく、平成の離婚に大きく影響を及ぼしたといっても過言ではありません。

当時、法律の施行数年前から離婚数が減少し始め、「離婚控え」が起こったくらいです(実際、施行後、離婚数は増加しました)。

この制度ができてからは、子育てを終えるまでは夫婦として継続し、夫が退職金をもらった後、その退職金も含めて財産分与し、ある程度の年金を確保した上で離婚するという選択肢ができました。

卒婚

一方で、離婚という形をとらず、戸籍上の婚姻は継続しつつも、お互いの生活を干渉せず、別居生活を選ぶ夫婦もでてきました。

いわゆる「卒婚」です。

これまで、夫婦は同居し、老いても共に支え合っていくものという考え方が主流でした。

しかし、定年後、ずっと家にいる夫のお世話に嫌気がさし、夫原病になってしまう妻もでてくる中で、より自由な考え方ができる時代になってきたのだと思います。

離婚というと、子どもにも心配をかけるし、財産分与などの法的なことをきちんと決めるのも面倒。そんなときに選択されるのが卒婚なのです。

不貞行為

某俳優さんの「不倫は文化」という言葉にも象徴されるように、平成は、不貞行為に対する抵抗感が低くなったように思います。

特に、女性の社会進出に伴い、女性の不貞行為も増えました。

不貞に対する慰謝料の金額として、裁判所の判決で決定される金額も低くなる傾向にあり、平成時代の離婚に特徴的な流れの一つだったのではないかと思います。

令和の離婚

令和はまだ始まったばかりです。この新しい時代は、離婚にどんな影響を及ぼすのでしょうか。

離婚後の共同親権

もうすでに平成の終わりから動き出しいている感がありますが、離婚をしても、どちらか一方の親が親権者となる単独親権ではなく、両方の親に親権を認める共同親権への動きが強くなるのではないかと考えています。

アメリカをはじめとする欧米諸国は、親が離婚したとしても、両方の親が子どもの養育にかかわる共同親権・共同養育が主流です。

そして、日本は、ハーグ条約の批准などもあり、離婚時の親権や子どもの養育に関して、欧米化しつつあるからです。

しかし、一方で、欧米諸国との文化の違いを無視することはできません。

例えば、婚姻生活時、仕事ばかりでほとんど育児も家事もしたことのない夫が、離婚後、急にやれ共同親権だ共同養育だと主張し、子どもの日常生活に支障をきたすような頻繁な面会交流を求めるようなことがあってはいけません。

「夫婦が離婚しても、子どもの親は二人」という概念そのものは子どもの福祉に資するものです。その概念が形骸化し、子どもの福祉が親のエゴに押しつぶされてしまわないよう、子どもファーストな離婚が求められます。

離婚条件の重視

日本では、離婚全体の9割が協議離婚です。そのため、場合によっては、何も離婚条件を取り決めないまま、離婚届だけを提出して終わり、というパターンも多かったりします。

そもそも、夫婦でまともに話ができないからこそ離婚するのであり、離婚に際して当事者同士で冷静に話し合うのは難しいのです。だからといって、弁護士に依頼するお金もなければ、別に争いたいわけではない。

そんな理由で、「紙切れ一枚離婚」が増えていました。

しかし、シングルマザーの貧困が注目されるようになり、独自に養育費の保証を始める自治体も出てきました。

同時に、面会交流といって、子どもが分かれて住む親とも会えるよう、支援する団体も増えてきました。

このような、養育費や面会交流といった離婚後の子どもの福祉を守るためには、離婚時に離婚条件として定めておく必要があります。

令和の時代には、「紙切れ一枚離婚」ではなく、離婚条件をきちんと定めてからの離婚が当たり前になるのではないでしょうか。

夫婦の話合いの仲裁機関の浸透

先ほども書きましたように、裁判所での離婚が1割、協議離婚が9割というのが日本の離婚の現状です。

この数字だけ見ると、「9割の人が争わずに円満に離婚できている」と思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。

夫婦だけでは話合いができない、かといって裁判所や弁護士というのも大げさすぎる、そんな人たちが多いのが現状です。

そんな現状を打破する新しい解決方法が「第三者を仲介に立てての話合い」です。

どちらか一方の味方をするのではなく、専門家が夫婦の間に立って仲裁をする制度、いわゆるADR(裁判外紛争解決手続き)の制度を利用する人が増えるのではないかと考えています。

当センターもADRの機関ですが、現に、毎年、申し込みの件数が増えており、制度の浸透を実感しています。

令和の時代は、離婚という家族間の問題を穏やかに解決するADRの利用が促進されるのではないでしょうか。

新しい離婚の方法、ADR活用例
ADR調停という解決の方法

まとめ

平成であれ、令和であれ、離婚は残念なことであり、できれば避けたいライフイベントではあります。

しかし、すでに破綻してしまった夫婦が無理に一緒に生活しているのも、やはり人生の無駄遣いと言わざるを得ません。

令和の時代になっても、変わらずに大切なものを見失わず、離婚というライフイベントに向き合う人たちのサポートができればと思う今日この頃です。

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