婚姻期間が長ければ長いほど、取り決めなければいけないことが増えたり、分与対象の財産が多岐にわたったりと、離婚協議が複雑になっていきます。
そして、その「複雑さ」の代表格が「持ち家をどうするか」という問題です。
離婚と持ち家の問題は多岐にわたりますので、今回は、一番多いと思われる「妻と子どもが住み続ける」というパターンに注目して注意点をお伝えしていきたいと思います。
売却か、継続して住むか
離婚の際、まずは、持ち家を売却するのか、それとも夫婦のうちどちらかが住み続けるのか、という選択をすることなります。
もちろん、売却し、その売却益を財産分与の対象にするというやり方もありますし、この場合、2人が心機一転、新しい環境で生活をスタートさせられるというメリットがあります。
しかし、住み慣れた家に愛着があったり、子どもの環境を変えたくないなどの理由で、売却をしないこともあります。
そもそもオーバーローン(売却益よりも住宅ローン残高の方が多い状態)の場合、事実上、売却が困難だったりします。
また、大抵の場合、同じような賃貸マンションを借りようとすると、賃料が住宅ローン1か月分を大幅に上回ってしまうこともあります。
そのため、特にお子さんがいるご夫婦の離婚では、持ち家を売却せず、どちらかが住み続けるという選択肢をとることが多いのです。
誰が住むか
持ち家を売らないという選択をした場合、多くは、妻とその子どもがその自宅に引き続き居住し、夫が出ていくというパターンが多いように思います。
その理由は様々ですが、多くは、以下のような理由によります。
①家族で住んでいた家に夫が一人で住むには広すぎる
②子どもの生活を変えない(転校させない)ためには、子どもと妻が同じ家に住むのが一番
③新たに不動産を購入できたり、転居のための費用(敷金礼金、仲介手数料、2か月分の家賃、転居費用など)を無理なく捻出できる妻はそう多くない
このような事情で、妻と子どもが自宅に住むケースが多くなるのです。
不動産の名義はだれか
実は、不動産の名義が誰になっているのかは、あまり重要ではありません。なぜなら、結婚後、夫婦が働いたお金で購入した不動産の場合、名義が誰になっていようと、夫婦の共有財産といえるからです。
そのため、たとえ夫の名義になっていたとしても、妻にも分与してもらう権利があります。
しかし、共有名義では都合が悪いので、離婚後も妻子が住み続けるためには、夫の名義を妻に書き換える必要がでてきます。この書き換えですが、住宅ローンを完済している場合、手続きはいたってシンプルです。司法書士に依頼すれば、数万円で簡単に完了です。
そして、不動産価値の半分を妻から夫に分与するのです。多くの場合、実際には売却していない不動産の売却益の半分を即金で支払うことは不可能なので、現金の財産分与や養育費と相殺したりします。
一方で、夫名義の住宅ローンが残っている場合、問題はとても複雑になります。以下で考えていきましょう。
夫名義の住宅ローンが残っている場合
財産分与しようとする不動産に住宅ローンがある場合、そのローンを完済しない限り、所有者は勝手に不動産を分与したり売買することはできません(多くの住宅ローンの定款には、ローンの契約者が勝手に不動産の名義を書き換えたような場合、残ったローンの一括返済を求められると書いてあるはずです。もちろん例外もあり、ある一定の割合まで分与してよい、という銀行もあります)。
そのため、いくら夫婦が合意していたとしても、夫名義の住宅ローンをそのままにして、不動産の名義を夫から妻に書き換えることができないのです。
そうすると、夫名義のローンを何とかする必要が出てきますが、多くの場合、次の2つの方法によります。
夫婦間売買
財産分与ではなく、妻が夫の名義分を買い取る形にするという方法があります。この場合、妻が新たに住宅ローンを借り、夫に支払う必要が出てきます(事実上、夫はそのお金で自分の住宅ローンを完済します)。
住宅ローンの借り換え
また、売買ではなく、ローンの借換えという形で夫名義のローンをなかったことにする場合もあります。つまり、妻が新たに住宅ローンを借り、その借りたお金で夫のローンを返した上で、不動産の名義を夫から妻に変更するのです。
この夫婦間売買とローンの借換え、どちらにしても、妻名義でローンを組む必要があります。そのため、妻が無職だったり、安定した収入がない場合、夫名義のローンはそのまま残ったまま、妻子がその家に住み続けるという選択肢しか取れなくなるのです。
不動産も住宅ローンも夫名義の家に住み続けるリスク
妻に住宅ローンを組む信用力がない場合、名義変更ができず、住宅も住宅ローンも夫名義の自宅に妻と子どもが居住するという「ねじれ」の状態が出現します。
そんな場合、妻にしてみれば、自宅に住み続けられるのはありがたいけれど、いつ「不動産を売却するから出ていってくれ」と言われるやもしれないという不安が残ります。
もしくは、夫の経済状況が悪くなり、住宅ローンの支払いが滞ったりするリスクもあります。
どちらの場合も、継続して住み続けることが困難になり、妻と子どもの生活は不安定になってしまいます。
「子どもも一緒に住んでいるし、まさかそんなひどいことはしないだろう。」と高をくくっていると、後悔することになるかもしれません。
別れた夫が再婚し、新しい妻子ができたとしたらどうでしょう。人の気持ちは時間とともにいとも簡単に変化します。
「もしかしら離婚するかも」と思いながら結婚する人がいないのと同じことです。今、大丈夫だと思っていても、数年後のことは全く分からないのです。
リスクを避けるための公正証書
不動産の名義も夫、住宅ローンも夫が支払っている、そんな家に妻子が安定的に住むための工夫があります。それは、公正証書を作成することです。以下では、公正証書に記載しておいた方がいいことをご紹介します。
住宅ローンについて
住宅ローンについて、夫が継続して支払うことを約束するような内容を記載することも可能です。しかし、この場合、万が一、夫が返済を滞らせたとしても、強制執行をすることができません。
そのため、ローン相当分の金額を何かの名目(扶養的財産分与など)で夫から妻に毎月振り込むような条項にしておくこともできます。そうすれば、事実上、夫から振り込まれたお金で妻がローンを返済していくような形になるので、万が一支払いが滞った場合は、強制執行をすることが可能だからです。
ただ、この方法は、夫の合意を得ることが難しいことが予想されます。なぜなら、夫にしてみれば、妻に支払った相当分を妻が住宅ローンに充当してくれる保証がないからです。
居住許可について
「夫は、〇年〇月まで、妻子が継続して居住することを認める」といったような内容を記載することができます。多くの場合、子どもが高校や大学を卒業するまで、もしくは独立するまで、といった決め方をします。また、有償で居住する場合、賃貸借に関する条項を記載することもできます。
持分の一部分与
上述したように、夫が住宅ローンの契約者である以上、不動産の名義を夫から妻に書き換えることを禁止する銀行がほとんどです。ただ、ほんの一部であれば、場合によって許可する金融機関もあります。
そのため、持分の10分の1でもいいので、夫から妻に財産分与として不動産の持分譲渡をするという方法があります。このような記載をする理由は、夫が不動産を勝手に売却してしまうことを防ぐためです。
不動産は、所有者全員の合意がなければ売却することができません。その持分がほんの一部であっても同様です。そのため、夫が知らない間に売却してしまうリスクを回避するため、可能であれば持分を分与する旨を公正証書に記載しておきましょう。
不動産の最終帰属
意外と忘れがちなのが、「結局、その不動産をどうするか」という記載です。妻子の居住期間が終了した後、そのまま夫の所有でいいのでしょうか。もしくは、離婚時の価値分(例えば、当時の査定額が2000万円、残ローンが1000万円の場合、売却していたら500万円ずつ取得していることになります。)を妻に分与するのでしょうか。
特に、居住させてもらう代わりに養育費を減額している場合等は居住後の不動産の帰属について、しっかりと話合っておいましょう。
夫側のメリット
実は、きちんと公正証書で取り決めておくことは、夫側にもメリットがあります。なぜなら、「子どもが独立しても、妻が家を出ていってくれない」という事態が起こりうるからです。
居住年数が長い場合、ずっと住んでいた人の権利が守られる法律があり、妻を無理やり家から出て行かせることは困難です。
そのため、夫にとっても、口約束ではなく、「居住していいのはいついつまで」という内容の公正証書を作成しておくことは、とてもメリットがあるのです。
まとめ
離婚業務に携わっていると、離婚と自宅の問題は本当に難しいと感じます。家は、家族が一緒に暮らした歴史を持っています。
それだけに、思い入れも強く、離れがたかったりもしますし、逆に、嫌な思い出がつまった空間にはいたくないという人もいます。
また、女性の場合、離婚後の不安を解消するためにも、持ち家へのこだわりが強かったりもします。夫婦それぞれの思惑が絡み合い、協議が困難になっていくのです。
不動産は、金額が大きいだけでなく、生活の基盤ともなる大切な存在です。離婚の際には、不動産についてどのように取り決めるか、ぜひ専門家に相談し、しっかりとした公正証書を残しておくことをお勧めします。
当センターでは、離婚公正証書の作成をサポートしております。不動産に関する記載は間違いが許されませんので、是非、専門家にお任せください。
離婚公正証書の作成不動産に関する分与方法で合意ができない場合は、ADRによる調停のご利用もお勧めです。
ADRによる調停(仲裁・仲介)