夫のDVに悩んでいる人の多くは、「きっと変わってくれるのでは」という思いと、「そう簡単に変わるはずはない。別れた方がいいのでは」という2つの思いのはざまで揺れているのではないでしょうか。
このコラムでは、DV夫が「変わる」というのはどういうことなのか、DV加害者更生プログラムを実施している団体「一般社団法人アウェア」の山口代表のお話をみなさんにお届けしたいと思います。
一般社団法人アウェア 代表 山口のり子氏
ご紹介:シンガポールでセクハラ被害の電話相談員をされたり、アメリカ(ロサンゼルス)でDV加害者更生プログラムを学ばれるなど、海外でのご経験が豊富でいらっしゃいます。また、こうしたご経験を通じ、被害者支援のためには加害者を変える必要があるとお感じになり、日本に帰国された2002年に一般社団法人アウェアを立ち上げられました。
山口氏は、DVはジェンダーに基づく暴力であると位置付けています。 ジェンダー規範、力と支配、暴力容認といった危険な価値観が社会に蔓延し、 学校や地域社会、家庭、テレビ、漫画等から危険な価値観を学び、DVが起こると考えておられます。
DVの実態
DV加害者は自覚がない(DVを過小評価する)
小泉(以下「小」):よくDV加害者はDVをしていることの自覚がないと言いますが、やはりそうなのでしょうか。
山口氏(以下「山」):さすがに暴力行為は殴った、蹴ったという事実がありますので、暴力を振るった自覚がありますが、精神的なDVの場合、DVをしている自覚がない人はたくさんいます。
例えば、アウェアに「助けてください。妻と子どもが突然出て行ってしまいました。」と連絡してくる人がいます。妻にしてみれば、何度も辛い状況を伝えていたかもしれませんが、加害者は被害者の言うことを聞いていません。また、「もっと早く言ってくれればよかったのに」という人もいますが、被害者が言えないようにしていたのは加害者自身なのです。
また、アウェアのDV加害者更生プログラムでは、かならず被害者にも面談を行うのですが、加害者と同じ質問をしても、二人の回答が大きく異なることがあります。例えば、何年にわたってDVを行ったかという質問に対して、加害者は4年と答え、そのパートナーは40年と答えたことがありました。
このように、DV加害者はDV加害の自覚がなかったり、自分のやったことを過小評価しがちなのです。
DVの連鎖
小:DVは世代間連鎖があると言われていますが、現場でもそれを実感することはありますでしょうか。
山:アウェアに通っている男性の7割がDVにさらされた子どもでした。受動喫煙は煙が子どもの肺の中に入って健康に被害を及ぼすわけですが、DVも同じです。夫婦間にDVがあることで、受動DVの被害にあっているのです。DVに汚染された空気を吸い、子どもは心と体が真っ黒になってしまうのです。
ただ、自分のDVを親のせいにしてはいけません。そのため、プログラムでは、結果的にトラウマ治療になったり、癒しになることはあるかもしれませんが、積極的に加害者を治療することを目的にしているのではなく、講座はあくまで教育プログラムとして位置付けています。
DV行動パターン別特徴
読者の中には、DVは特別に性格が悪かったり乱暴な人が行うもので、目の前にいる自分の配偶者がまさか「DV加害者」だなんて信じられないという人も多いと思います。
しかし、山口氏は、ご著書の中でDV加害者になりやすい人などおらず、だれしもが加害者になりうると書かれています。
「愛を言い訳にする人たち―DV加害男性700人の告白」山口のり子著
一方で、加害者のDV行動はいくつかのタイプがあるとして、それぞれの特徴をご紹介されています。自分もしくはパートナーの姿と重なる部分が多ければ、あなたはDV加害者・被害者かもしれません。
以下にDV行動のパターンとして13のパターンを紹介します。最初の11のパターンはランディ バンクロフト氏がご著書「DV・虐待加害者の実態を知る」で紹介されたもので、最後の2つは山口氏が加えられたものです。
「DV・虐待加害者の実態を知る」ランディ バンクロフト著
「過剰要求男」タイプ
「僕に色々してくれるのがお前の役割だ」と考え、特権意識を持っている。
例えば、自分の帰宅がどんなに遅くなったとしても、妻は起きて玄関まで迎えに来なければならないとか、妻が病気だったとしても、自分のために食事を作るなど奉仕しなければならない、といった考え方です。
「最高権威男」タイプ
僕はお前より物事をよく知っているし、お前にとって何が最善なのか分かっている
このような態度を取られると、被害者は「自分はバカだから、相手の言うことを聞いていた方が自分のためになるのでは」と考え、DV夫にコントロールされてしまいます。
「水攻め男」タイプ
お前は頭がおかしい。おまえがいやがることを俺は知っている
DVを「お前のためにやった」「目を覚ましてほしいからやった」「分かってほしいからやった」などとやったことの原因を被害者に押し付け、仕返しの形をとります。
「鬼軍曹」タイプ
お前の行動をすべて俺が管理しなければ、お前は間違える
相手を所有するような感覚で、生活の全般を管理しようとします。精神的問題を抱えていることもあり、重症を負わせるほどの暴力を振るう危険性もあります。
「繊細そうな男」タイプ
マッチョはきらいだから僕が虐待的であるわけがない
DVをしていないときはソフトな印象で、話し方が優しかったりします。暴力行為の後には、「怒り」という感情のせいだと主張します。
「プレイボーイ」タイプ
女性が僕に惹きつけられてしまうのは、僕のせいではない
慢性的に不貞行為を繰り返すなど、相手を尊重する気持ちがありません。女性を遊びの対象と考え、スリルを楽しんでいるだけなのです。
「ランボー」タイプ
強くて攻撃的なのはいいことだ
パートナーに対してだけではなく、誰に対しても攻撃的です。暴力がある家庭環境で育った人も多く、安全でいるためには強くなければならないとの価値観を持っています。
「被害者男」タイプ
僕は不当に扱われ、ひどい苦労をしてきたから自分の行為に対する責任はない
自分の心の傷が中心であり、被害者ぶることが相手をコントロールするのに都合がいいことを知っています。
「テロリスト」タイプ
俺に反抗したり俺のもとを去ったりする権利はお前にはない。お前の命と人生は俺が握っている
このタイプのDVは相手に「殺されるかもしれない」という恐怖を感じさせます。
「精神障害あるいは依存症を持つ男」タイプ
精神障害あるいは依存症の問題を抱えているので自分の行為に責任はない
このタイプの加害者は実質的に変化することはありませんが、全体に占める割合は数パーセント程度と多くはありません。
「尊敬しているつもり」タイプ
彼女は母親のように僕のことを世話して受け止めてくれる人でなければいやだ。僕の価値観に合わせてくれないときは虐待して罰したってかまわない。でも僕は妻を尊敬している
本当に相手を尊敬していればDVなどしませんが、口ではそのようにきれいごとを言う人もいます。
「自己防衛(被害妄想・過剰反応)」タイプ
彼女にはけっして負けたくない。口論で負けそうになったら何らかの方法で負かしてやる。自己防衛して何が悪い。自己正当化したって、それは正当防衛で虐待じゃない
自己評価が低かったり、相手に対してコンプレックスがある場合、それを隠そうとしてDVをします。
「品行方正」タイプ
僕は正しいことをこんなに頑張っているのに、あなたはなぜがんばれないんだ
このタイプには完璧主義や努力家が多く、正しい自分がパートナーを導いてあげるべきだと考えています。
DV加害者は変われるのか
DV加害者が変わるまでに必要な時間
小泉:講座は毎週2時間、全52回のプログラムを1年かけて実施するということですが、やはり、DV加害者が変わるには長い時間がかかるのでしょうか。
山口氏:講座のプログラム自体は1年ですが、本当に「変わる」ためには、少なくとも2年~3年は必要です。
ある人は、変わっていくことの大変さをキャベツに例えました。一枚、一枚、葉っぱをめくっていってもまだ次に葉っぱが出てくると。キャベツの葉が自分のこれまでの歪んだ認知や間違った行動だとすると、そういったものを一枚一枚はがしていくことはとても大変で痛みが伴うけれども、やってもやっても終わりがない、そういうことだと思います。
小:52回のプログラムに通い続けるということはとても大変なことだと思うのですが、どのくらいの人がドロップアウトせずに、通いきることができるのでしょうか。
山:約半数の人は、52回をやり切ります。そして、さらにそこから2年、3年と通う人もいますし、10年通った人もいました。「変わる」ということは簡単な作業ではありません。
一度「変われた」としてもDVが再発することはあるのか
小:DVをしなくなって講座を卒業したとしても、その後、またDVをしてしまうことはあるのでしょうか。
山:変わったとしても、後戻りしてしまうこともあります。DVは突然始まるものではなく、子どものころから学んだ考え方や行動形式の結果として表れるものですので、年季が入っている問題です。
そのため、時間をかけて間違った価値観や考え方を学び落とす(アンラーン)こと、手放すことが大切です。DVは一生付き合っていく問題で、気を抜くと思考の癖が出てしまったり、自己中心的な考えが出てきてしまうと語った人もいます。
まだまだ日本の社会には男尊女卑の考え方がはびこっていますので、学びを維持することは難しいのです。
真に「変わる」とは
小:先ほどから「変わる」ということがテーマになっていますが、どうなれば、「真に変わった」ということができるのでしょうか。
山:まず、DVを我慢している状態では変わったとは言えません。その我慢はいつか爆発してしまうからです。男尊女卑の考え方や認知の歪みがなおり、自然とDVをやらなくなれば「真に変わった」と言えると思いますし、何かDVをしてしまう前に自分で気付き、相手と距離を取ったり時間が取れるようになれば、変わったと言っていいと思います。
プログラム受講でDVが悪化することはあるのか
小:本当に変わるということはとても難しいことがよくわかりました。一方で、受講しても変わらないどころか悪化するということもあるのでしょうか。
山:残念ながらあります。例えば、痕が残るような暴力によるDVはしないけれど、講座で学んだことを使って「今、君がしたことはDVだ」と逆に被害者を責めようとする人もいます。また、講座を通じ、「こうやれば相手は追い詰められるのか」などと新しいDVの方法を学んでしまうこともあります。
加えて、被害者との相互作用で悪化させてしまう人もいます。講座に通い始めると、まだまだ本質的には変わっていなくても、ある程度DV行動を我慢できるようになります。そうすると、被害者にしてみれば、これまでの恨みつらみを吐き出したくなり、そういった不満をぶつけられた加害者が爆発する、ということもあります。
こういった理由により、講座に通っても、結果としてDVが悪化するということもあります。
DV加害者更生プログラムの実際
アウェアのプログラムについて、以下に紹介します。記載している内容はアウェアのHPからの抜粋ですので、詳細をお知りになりたい方はアウェアのHPをご確認ください。
加害者更生プログラムの詳細(アウェアのHPに移動します。)
プログラムで学ぶこと
- 暴力とは何か
- 刷り込まれた男らしさ、女らしさ
- 自分の暴力的・支配的な態度に気付く
- パワー(力)とコントロール(支配)
- DV行動の背景とまちがった思い込み
- 暴力の種類
- タイムアウト
- 暴力をふるってしまった相手の気持ちや傷つき
- 子どもへの悪影響
- 相手を尊重するパートナーシップ
- I(アイ)メッセージ
- ストレスをもたらす考え
- ポジティブなセルフトーク
- 怒りのコントロール
- ストレスマネイジメントなど
グループで学ぶ意味
アウェアをはじめ、多くのDV加害者更生プログラムは複数人のグループ形式で行われます。参加者は、お互いの話を聞いたり、自分の話を聞いてもらったりしながら学びあいます。
山口氏によりますと、仲間がいることで続けられる人もいるし、ときに「それはよくない」と指摘し合い、ときに「よく我慢した」と励まし合ったりしているそうです。
参加対象者
DVの問題を抱えている男性で以下に当てはまる方
- 精神疾患がない方
- アルコールや薬物依存症ではない方
- 仕事をしていて一般的社会生活を営んでいる方
- DV行動をやめるためになんとかしたいと決意している方
- パートナーも個人面談(電話やビデオ会議も可)を受けられる方
中には、自分の言動がDVかどうか分からないという方もおられるかと思います。そんな方は、DV加害行動チェックリストをご活用ください。
DV加害行動チェックリスト(アウェアのHPに移動します。)
料金
事前面談 3回×8,000円
パートナー面談 1回×10,000円
講座(1回2時間) 52回×3,000円(都度払い)
参加者の声
講座の受講を検討している人にとって、一番参考になるのが参加者の声ではないでしょうか。以下にアウェアのHPより抜粋した参加者の声をお届けします。
通い始めてしばらくは「行動を変えるためのハウツー」だと思っていたが、それではあまり変わらなかった。行動だけではなく、考え方を変えていく努力をした結果、成果があった。考え方や価値観を変えるには抵抗感があったが、些細なことで怒ることがなくなり、自分も楽になった。
本当に暴力は何の問題の解決にもならないばかりでなく、結局自分自身も含めて自由を奪い、破壊する行為であったことを痛感した。
山口さんが「夫婦は一心同体ではなく、二心異体」と言ったことを彼女に話したら大喜びしていた。二人の人間が別の感情、考えを持って向き合っていることをいつも確認している。
グループに初めて参加するときは、何をするところか分からなくて大変緊張した。でも同じ問題を抱えた仲間に会って、話をすることで自分の問題が見えてきた。
DV被害者プログラムとの相互作用
山口氏によると、DV加害者が更生プログラムを受けるだけではなく、被害者も回復のためのプログラムを受講し、エンパワメントされることで、より効果的に両者間の関係が変化するとのことでした。
このコラムを読んでくださっている方の中には、DVをするパートナーに変わってもらいたいと思っているDV被害者の方も含まれていると思います。
「自分も悪いところがあるのでは」と自身を責めるのではなく、自分らしい人生を取り戻すために、講座を受講していただければと思います。
講座は、年に10回(概ね1か月に1回程度)でグループで行われます。講座の内容や目標は以下のとおりです。
プログラムの内容
- 力と支配
- 精神的暴力
- 感情的暴力
- 孤立させる
- 子どもを利用した暴力
- 特権意識
- 矮小化
- 否認
- 責任転嫁
- 自己正当化
- 性的暴力
- 経済的暴力
- 虐待の警告サイン
- 被害者がとどまる理由
- 子どもに何をすべきか
- DVが与える影響
- 男らしさの箱
- 女らしさの箱
- 女性への暴力を生みだすもの
- 子どもに何をするべきか
- Iメッセージ
- アサーティブネス
- ポジティブなセルフトーク
- 感情の種類
- DV行動のタイプ
- ケースで学ぶ等
学ぶ目的
DV被害を受けている方の中には、パートナーの言動がDVなのかどうか、その判断が難しい人がいます。そのため、プログラムでは、まず、DVとは何かを学ぶことになります。
山口代表はDV被害者も「umlearn(アンラーン)」が必要だとお話しされていました。「自分も悪いところがあるから」とか、「自分には力がない」といった考えから抜け出し、自分で決断して行動する力を身に付けてください。その先には、きっと、自分らしい人生が開けていると思います。
さいごに
このコラムでは、「DV夫は変われるのか」をテーマにお伝えしてきましたが、その前提として、加害者が変わろうとしていることが必要です。
もしあなたがDV加害者の方だとすると、あなたは、「離婚されたくないから」、「裁判所での話合いを有利に進めたいから」といった自分本位な理由ではなく、妻を傷付けたことや悲しませたことを反省し、妻のために変わろうとしているでしょうか。
また、あなたが被害者だとすると、パートナーは心から変わりたいと願っているでしょうか。よく「夫にDV加害者更生プログラムを受けさせたい」というご相談があります。もちろん、何とか夫に変わってもらい、夫婦関係を維持したいという切実な理由があるのだと思います。
しかし、お読みいただいたように、変わることは容易ではありません。変わるつもりのない夫を説得し、DV加害者更生プログラムを受講してもらったとしても、時間の無駄かもしれません。
あなたがあなたらしく生きるためには、子どもが子どもらしくのびのびと暮らすためには、何を選択するのがよいのか、よく考えてください。
当センターはカウンセリング(個別・夫婦)やADRという民間調停を実施しております。おひとりで悩まず、まずはご相談いただければと思います。