多くの夫婦が直面する問題の一つは、相手に自分の気持ちを伝えられないことです。
「気持ちを伝えるなんて簡単。思ったことを口にすればいいだけ」と思った人もいるかもしれませんが、そう単純ではありません。言葉が足りなかったり、逆に言い過ぎて真意が伝わらなかったりということがあります。
けんかのような言い合いになると、お互いが「自分の気持ちを分かってほしい」と思いながら話しているので、「自分が、自分が」というマインドになり、相手を理解しようという気持ちが抜け落ちます。その結果、互いの理解が進まないということもあります。
気持ちが伝わらない理由は様々ですが、今日は「夫が怖い」という理由で気持ちがうまく伝えられない妻の事例をご紹介します。

怒りっぽい夫が怖くて言いたいことが言えない妻の事例
A夫妻は、結婚して10年目。夫(42歳)は仕事が忙しく、帰宅が遅くなることが多い。
妻(38歳)は専業主婦で、家事や子育てに専念している。
しかし、最近、夫は仕事のストレスからか、些細なことで怒り出すことが増えていた。
ある晩、夫が帰宅すると、妻が作った夕食が冷めていた。
夫はこれに腹を立て、「家族のためにこんな遅くまで働いてきた夫に冷えた飯を食わせるのか!」と怒鳴りつけた。
妻は夫の激高した様子にびっくりして、何も言えずにうつむいた。
妻は、「きっと、夫は機嫌が悪かっただけ」と思い込もうとしたが、同じようなことが度々起こった。
夫は、ストレスがたまると、妻の家事や育児のできていないところを指摘しては、「お前はダメだ」と怒鳴りつけた。
妻は、どちらかというと朗らかでオープンな性格であったし、これまで、言いたいことは口に出して伝えてきた。
しかし、このような出来事が日常的に繰り返される中で、「また怒られたらどうしよう」という気持ちが頭をもたげ、自分の気持ちを伝えることができなくなった。
子どものことも色々と相談したかったが、そのぐらい自分で決めろと言われそうで一人で抱え込んだ。
一方、夫は家に帰ると妻が無口であることに苛立ち、ますます怒りっぽくなっていった。
妻は時折「離婚」の二文字が頭をよぎったが、子どものためには簡単には決断できなかった。
しかし、このままでは夫婦としてやっていくのは難しいと感じ、夫に夫婦カウンセリングを受けてみることを提案した。
当初、夫は「自分たちで話し合えばいい」と拒否的だったが、妻から「あなたに対して恐怖心があるので面と向かっては話せない。離婚も考えている。」と言われ、仕方なくカウンセリングに応じることにした。
相手をより深く理解する
初回のカウンセリングでは、カウンセラーは二人の話をじっくりと聞きました。
妻に対しては、夫のどんなところが怖いのか、怖いとどういう状態や気持ちになるのか、そういったことを詳しく聞きました。
妻は、
夫が声を荒げるときの表情が怖いこと
声が大きくて威圧感があること
何か自分が失敗したとき
まず夫の顔を見てしまうこと
帰宅時の夫の機嫌が気になること
声を荒げている夫をみると目が見られなくなること
動悸がしてその場から逃げ出したくなること等
様々な気持ちを話しました。
また、夫は自分がどれほどストレスを感じているかを話しました。
このストレスについても、カウンセラーは詳しく質問していきました。
夫は、
会社の上司と馬が合わないがために評価が低いこと
それによっていくら働いても給料が上がらないことにみじめさを感じていること
そんなみじめな話は妻にできないと思って1人で抱え込んでいること
いらいらした気持ちで帰宅しても暖かい家庭の雰囲気がなく余計に疲れてしまうこと
妻は子と楽しく過ごしているが、自分が帰宅すると避けられてしまって寂しい思いをしていたこと等
と話しました。
互いにの気持ちを聞いた後、それぞれに感想を求めると、以下のように語りました。
夫「怒ると怖いと言われたことがありますが、そんなに怖がっているのは初めて知りました。
動悸がするって相当ですよね…。」
妻「夫がストレスをためていたことは知っていましたが、会社でそんなことになっていたとは知りませんでした。私と子どもについてもそんな風に思っていたとは驚きです。」
こんな風にカウンセラーが深く質問していくことで、互いへの理解が深まることがあります。
ここで注目していただきたいのは、カウンセラー何も複雑で難しいテクニックを使っているわけではない点です。
ただ、夫婦がそれぞれに話していることをより詳しく聞いていっただけです。
「深く聞く」ということは、質問を繰り返すことにほかなりませんが、相手への興味関心より、自分の言い分を通すことに気を取られていると質問は出てこないのです。
改善のためにお互いができることの確認
夫婦関係がうまくいかないときというのは、お互いに相手にだけ何かを求めたり、問題点を指摘するのみだったりします。
大切な視点は、相手にだけではなく、「自分」も含めること、そして問題を指摘するだけではなく、その問題を解決するためにできることは何か、という解決思考の視点を持つことです。
そのため、次に、カウンセラーは、「現在の問題を解決するために相手にどうしてほしいか」、「自分は何ができるか」を考えてほしいと伝えました。
妻は、夫の仕事の話も聞きたいし、ストレス解消のために何かできるのならしてあげたいと思うと話しました。また、夫に望むこととしては、とにかく声を荒げたり睨みつけたりしないでほしいし、できれば思いやりのある態度を取ってほしいと伝えました。
一方、夫は、大きな声を出したり、いらいらした態度を見せないことを約束しました。
また、妻に対しては、帰宅後は子どももまじえて楽しい時間を持てるよう配慮してほしいとお願いしました。
具体的な言動に落とし込む
こうした言葉のやり取りで何となく安心してしまったりするのですが、実は、「思いやりを持って接する」、「相手を尊重する」、「楽しい時間をもつ」といった言葉では足りません。
なぜなら、「思いやり」や「楽しい時間」の定義は人それぞれで、その定義や間隔がずれているからこそうまくいかない夫婦が多いのです。
そのため、カウンセラーは具体的な言動について双方に投げかけました。
例えば、「思いやりのある態度」について、「どんな風に接してもらうと思いやりがあると感じるか」と妻に尋ねました。
妻は、自分でも具体的なイメージがなかったようで、少し考える時間が必要でしたが、次のように語りました。
「思いやりがないと感じるのは、私の話をいい加減に聞いているなと感じるときです。
私が話しかけても、スマホを見たまま適当に返事をしたり、ときには最後まで聞かずに否定してきたりするときです。ですので、私の話をちゃんと聞いてくれるだけでいいです。」
一方、夫は、「楽しい時間について」、「今は僕が帰ると家の空気が重くなるというか、それは自分が悪いところもあるんですけど、『お帰りなさい』も言ってもらえないときもあるし、夕飯だけ準備して、後は放っておかれるというか。いつも同じ家にいても、ひとりでテレビを見ながら夕飯を食べるのがむなしくて。
なので、僕が夕飯を食べているときは、可能なときだけでいいので、妻や娘と話しながら食べたいです。」と話しました。
トライ&エラー
こうして自宅で実践する具体的な改善点が出れば、後はトライ&エラーです。人はそんなに簡単には変わりませんし、関係性もしかりです。
上手くいかずに再度カウンセリングを実施することもありますし、初回のカウンセリングをきっかけに自分たちで修正できるようになる夫婦もいます。
例えば、この夫婦であれば、夫のイライラのコントロールがうまくいかず、アンガーマネジメントの練習が必要になるかもしれません。
もしくは、妻の「夫が怖い」という気持ちがいつまでも消えず、当面別居という選択肢を取るかもしれません。
一番大切なことは、結果そのものではなく、その結果にたどり着くまでに、夫婦が納得のいく話し合いをしてきたか、ということです。
夫婦カウンセリングを端的に表現すると、その納得のためのお手伝いなのかもしれません。
夫婦ふたりだけでは納得のいく話し合いができないという方は、ぜひ夫婦カウンセリングをご利用ください。