その他

養育費政策におけるADRと親ガイダンスの役割

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

現在、離婚後の養育費の問題について、国や自治体が様々な方向から検討したり、重要な決定を行ったりしています。養育費の確保については、究極的には「支払率を上げる」ということなのですが、そのための方法は多岐にわたります。

そして、当センターの中心業務であるADRや離婚時親ガイダンス(当センターでは「離婚講座」とよんでいます)についても、養育費の支払い率を上げる一つの方法として検討が進められており、以下に検討の内容等をまとめました。

家族法研究会

民法が制定されたのはなんと明治29年(1896年)、今から約120年以上前です。そのため、近年、相次いで家族法の分野で改正が続いていました(再婚禁止期間の変更についてご記憶がある方も多いかと思います。)。

そして、この家族法研究会では、家族法の分野でまだなお改善が求められる点、議論が残されている点を検討することを目的に公益社団法人商事法務研究会が立ち上げたものです。

そのため、この研究会では、離婚問題のみではなく、未成年の養子縁組や離婚時財産分与といった論点についても検討が進められていますが、やはり中心となるのは離婚前後の子の福祉の問題として養育費や面会交流の充実、そして共同親権の可能性についても議論されています。

既に第7回目までの開催され、一巡目の議論が終了しています(法律のひろば令和2年9月号p6)。この7回において、どのようなことが話し合われ、どのような資料が提出されたかということは商事法務のHPに詳細に記載されていますので、是非、ご参考いただければと思います。以下では、ADRと親ガイダンスに関する記述を抜粋します。

協議離婚の要件の加重

同研究会の第1回目に検討課題の洗い出しを行っていますが、「父母の離婚後の子の養育費の在り方」として、協議離婚の要件加重を挙げています。そこで記述されているのが親ガイダンスの受講の義務付けです。

協議離婚の要件の加重
我が国では,離婚のほとんどが協議離婚によってされているが,協議離婚の場合には必ずしも法律の専門家等の関与がないことから,未成年の子がいる父母が離婚する場合であっても,離婚当事者が養育費や面会交流の重要性について必ずしも十分に認識することがないまま離婚に至っている事例も存在する可能性があり,このことが養育費の支払率や面会交流の実施状況が低調であることの背景となっている可能性がある。
そこで,一定年齢以下の子の父母が離婚する場合には,父母は,離婚後の子の養育に関する事項についてのガイダンスを受講しなければならないこととすることや,子の養育に関する計画を策定しなければならないこととすることが考えられる。研究会資料1-1より抜粋)

専門家による養育計画についての言及

第4回では、専門家や団体の代表など講演を行っています。その中で小田切紀子教授は、面会交流や養育費といった養育計画について触れ、以下のような発言をされています。

他方で、養育計画すら作ることができない夫婦がいると思います。その場合は、例えば法務省が認証している ADR 機関を利用し、養育計画を作成するのはどうかと思います。例えばアメリカやカナダでは、裁判の制度はまったく違いますが、メディエーションで養育計画を作ることをサポートします。州によって多少異なりますが、3 回まで無料です。そうすると多くの夫婦は無料の間に作りたいと思うので、日本の場合も、法務省が認証している ADR 機関を 3 回までは無料で使えることにして、これを義務付けるのはどうかと思います。ADR を使ってもできないということであれば、相当葛藤が高いということなので、裁判所で離婚手続をするべきではないかと思います。(第4回講演録)

養育費計画作成のための親ガイダンス

そして、第6回目には、養育計画作成の側面から、親ガイダンスの必要性について触れています。まずは、なぜ養育費や面会交流の取決め率が低いのか、という視点です。その理由として、よく引用されるのが平成28年の全国ひとり親世帯等調査です。この調査では、養育費や面会交流を取り決めていない理由についての統計があり、「相手と関わりたくない」、「相手に支払い能力がないと思った」といった項目の割合が高くなっています。研究会では、そういった理由を挙げた上で、以下のように議論しています。

養育費及び面会交流の取決めをしていない理由としては,母子家庭の母及び父子家庭の父のいずれにおいても,「相手とかかわりたくない。」が上位に挙げられている。しかしながら,離婚の前後において当事者が少なからず混乱・対立状態になることは多いと思われるが,養育費及び面会交流の取決めは,いずれも子の利益の観点から極めて重要なものである。そうすると,父母としては,協議離婚という形で離婚をする以上は,原則として,子の利益のために,父母間でこのような取決めをすることが必要になるものと考えられる。また,養育費の取決めをしていない理由として「相手に支払う能力がないと思った。」が上位に挙げられているが,未成熟子に対する親の扶養義務が生活保持義務であると解されていることからすれば,収入等に応じた養育費の支払義務が生ずることになり,理論上は養育費の支払義務を負わない場合の方が稀であるはずである。そのため,離婚を検討する夫婦の養育費に関する正しい法的知識の欠如が養育費の取決めを阻害し,子の貧困の一因となっているとの指摘もされている。研究会資料6

そして、その正しい法的知識について情報提供の手段としていわゆる親ガイダンスについて触れ、ガイダンスの中身についても、詳細に検討されています。

○ どのような機関をガイダンスの実施主体とすべきか
担い手となる機関の専門性や,人的・物的資源等が問題となる。

○ ガイダンスの内容や実施時期はどのようなものとすべきか
法的な側面だけではなく離婚後の子育てに関する知識一般(離婚によって生ずる親子の心情の変化,葛藤を抱えた離婚後の父母が共同して子育てを行っていくための助言,ひとり親支援の行政サービスに関する情報提供等)も含むものとすべきか。なお,ガイダンスの内容を検討する場合には,同様の制度を実施している国においては,ガイダンスに含まれていなければならない最低限の事項を法定している例もあることから,海外の例も参考にすることが考えられる。

○ 当事者のアクセシビリティをどのように確保すべきか
ガイダンスの実施回数が少なかったり,実施場所が限定されていたりすると,協議離婚制度を利用しようとする当事者に対して過度の負担を課すこととなる。インターネット等のICT技術の利用についても検討することが考えられる。

○ ガイダンスを受講しなくてもよい例外を設けるか
父母の一方がガイダンスを受講しない場合に,常に協議離婚制度を利用することができないこととすると,例えば,離婚の実現を先延ばしするためだけにガイダンスの受講を不当に拒否する等の望ましくない事態が生じ得る。そこで,一定の場合にはガイダンスを受講しなくても協議離婚をすることを認めるか否かという点も論点になり得るものと考えられる。

法務大臣養育費勉強会

令和2年1月、養育費の支払確保のため、法務大臣の私的勉強会として「養育費勉強会」が立ち上げられました。この勉強会は合計7回実施され、自治体や研究者、支援団体や養育費保証会社などからのヒアリングが実施されました。そして、令和2年5月29日にその取りまとめが発表されました。

この勉強会では、どちらかというと取り決めた養育費の確保に重点を置いた議論がなされていたからか、あまり「なぜ取り決め率が低いのか」という点が取りまとめには記載がありません。前半で少し触れられていますが、取決め率アップへの方策として無料相談の充実や公正証書作成の無料化などが盛り込まれていて、「相手とかかわりたくない」という理由で取決めがされていないという実態にあまり即していません。そのため、ADRについても、以下のように「取決め段階」というより、取り決めたけれど支払がない場合の解決手段としてADRが位置付けられています。

民事執行など裁判手続の改善、ADRも含む紛争解決手続の充実

養育費問題に関する民間ADR、離婚前の即決調停・審判制度等の紛争解決制度を拡充し、その利用を促進すべきである。また、養育費問題に関する行政型ADR制度を創設することも考えていくべきである。(「法務大臣養育費勉強会取りまとめ」より)

養育費履行確保のための専門的体制の整備や専門機関の創設

養育費確保のために相談やADR、そして面会交流までもトータルで解決できる専門機関の創設も検討されました。

将来的には、養育費・面会交流支援センターを設置し、養育費の相談支援や養育費紛争を取り扱うADRの機能とともに、面会交流の支援を、民間団体とも連携しながら、公費により行うことも考えられる。(「法務大臣養育費勉強会取りまとめ」より)

不払い養育費確保のための支援に関するタスクフォース

不払い養育費確保のための支援に関するタスクフォースは、法務省と厚生労働省の担当官で構成されており、不払い養育費の確保のための公的支援の問題を中心に検討する枠組み(タスクフォース)です。

まだ第2回まで開催されただけですので、具体的な議論の内容は見えてきませんが、養育費の取決めの段階と取り決めた養育費が不払いになった段階の両輪で検討するという枠組みを打ち出しています。この点では、より具体的で効果的な制度の創設を期待したいところです。

養育費不払い解消に向けた検討会議

養育費不払い解消に向けた検討会議は、前述の「法務大臣養育費勉強会取りまとめ」を踏まえ、継続的議論をするための検討会で、構成員は法律家や研究者、支援関係者、自治体職員などです。検討事項は、現行法の下での運用改善や見直しで対応可能な課題の検討や実施と、新たな立法課題についても議論し、制度化も視野に入れた検討を進めることです。

検討会議は現在のところ5回まで開催され、養育費の不払い解消に向けた当面の改善方策(案) が作成されている。この改善方策の内容については、前述の法務大臣養育費勉強会取りまとめをベースにより詳しく検討したような内容になっています。そのため、ADRについては、「民事執行など裁判手続の改善,ADR も含む紛争解決手続の充実」という項目において、「弁護士会ADR、民間の認証ADRの利用促進についても今後の課題として積極的取組が期待される」と記載されています。

成長戦略フォローアップ2020

令和2年7月17日に閣議決定された成長戦略フォローアップ2020では、「スマート公共サービス」の項目で、養育費の取決めに関するODR(オンラインのADR)について以下のような記載があります。

・オンラインでの紛争解決(ODR)の推進に向けて、民間の裁判外紛争解決手続(ADR)に関する紛争解決手続における和解合意への執行力の付与や認証ADR 事業者の守秘義務強化等の認証制度の見直しの要否を含めた検討、金融 ADR 制度の指定紛争解決機関、下請かけこみ寺等に加えて、国民生活センター等の行政型 ADR や離婚後の養育費、面会交流の取決め・履行確保等におけるオンラインでの非対面・遠隔での相談や手続の実施等に関する検討、プラットフォーム型の電子商取引を介した消費者取引に関するプラットフォーム事業者による ODR の設置の推進等に関する検討を 2020 年度中に進める。成長戦略フォローアップ2020

私見

ここまで、最近の養育費保証の問題をめぐる政府の決定や様々な勉強会・検討会の内容について、ADRと離婚時親ガイダンスに注目してレビューしてきました。次は、これらの内容を踏まえて私見を述べたいと思います。

払わない男性の心理

支払わない側の男性の心理はどういったものなのでしょうか。上述のように、様々な観点から検討がなされていますが、支払わない理由についての統計はありません。そのため、想像の域を超えませんが、当センターでの実情を踏まえ、以下にまとめたいと思います。

離婚したくない

そもそも離婚に乗り気ではないけれど、相手の求めに応じて離婚するような場合、望まない離婚には応じなければならないし、養育費は支払わされるし、踏んだり蹴ったりということになります。そのため、そもそも取決めに前向きでなかったり、支払いが滞りがちになります。

離婚原因が妻側にある

不貞等、離婚理由が妻側にあったとします。その場合、処罰感情等のマイナスの感情が渦巻きます。そんな相手に養育費を渡す気にもなれず、出し渋ります。本来、そういった感情は慰謝料で解決すべきで、養育費はあくまで子どものためのお金ではありますが、その線引きは簡単ではありません。

子どもへの思いが淡白

母親よりも父親の方が子どもと接する時間が短いのが現状です。また、まだ子どもが幼い場合、父性が育ちきっておらず、「この子のために20年近くお金を払い続ける」ということの意義が見いだせない場合があります。そうすると、段々と養育費の優先順位が低くなり、最終的には支払わなくなります。面会交流が実施されていないと更にこの状況が加速するように思います。

性格

養育費を支払らわない理由を「性格」と書いてしまうとちょっと乱暴な気がしますが、この理由が一番多いかもしれません。仕事が長続きせず、収入が安定しなかったり、借金癖があってほかに返済しなければならない負債がたくさんある、といった場合です。お酒の問題やギャンブル癖などもそうですし、とにかく自分自身の生活が安定せず、金銭的にだらしなかったりすると、定期的に決まった金額をもらうことが期待できません。

また、お金はあるけれど、とても「意地悪」な人もいます。例えば、モラハラ気質な人だと、「なぜ自分の支配下から去っていく人間(しかも自分より格下だと思っている)にお金を払わなければならないのか」と思ったりします。

法律相談よりも解決手段の提供と寄り添い

現在、養育費の取決め率を向上させるための議論や不払いが発生した場合にそれを解消するための議論など、様々な議論がなされています。ただ、その議論の中で気になるのが「法律相談」に重きをおいた議論です。

今の世の中、離婚となれば、ほとんどの人は色々とネットで検索をします。確かに、インターネット上の情報は玉石混交ですが、養育費という概念や算定表くらいにはたどりつきます。また、弁護士の無料法律相談は行政機関のみではなく、各弁護士事務所が積極的に実施しており、比較的アクセスしやすい状況にあります(お子さんを預けられない等の悩みはあると思いますが)。

そのため、多くの人は、漠然とでも「自分には養育費をもらえる権利がある」と分かっています。ただ、相手との交渉が億劫、どうせ同意してくれない、相手とかかわるくらいなら自分で働いて稼ぐ、といった様々な理由で、取決めに至らないのが現状です。

そんな現状の中で、法律相談に出向き、「あなたは〇万円の養育費をもらえます」と言われたとしても、自動的に相手も同意してくれるわけではありませんし、「相手が同意してくれなければ裁判所に養育費の調停を申し立てることができます」と教えてもらっても、そこに踏み出すことに抵抗がある人が多いのです。

そのため、「取り決めたいけど、相手が同意してくれない」という場合の解決手段の一つとしてのADR、そして、「相手とかかわりたくない」といった気持ちに寄り添い、子の福祉に関する正しい情報提供する親ガイダンスの充実が求められるのではないかと思います。

養育費確保は「寄添い」と「強制」の両輪が必要

いつも感じているのは、養育費をはじめとする離婚全般の問題は、法律だけではなく「気持ち」の部分の理解がとても大切だということです。そして、養育費確保の制度設計にかかわっていく人たちにお願いしたいのは、「もし、自分だったら」という視点を持つことです。

子どもがいるのに離婚を選択せざるを得ない親の心情はどんなものでしょうか。あなたならどうでしょうか。きっと、「子どもに寂しい思いをさせたくない」と最後の最後まで我慢をするのではないでしょうか。それでも離婚を選択せざるを得ないということは、相当の理由があるということです。

当センターのADRで話合いをされるご夫婦は比較的葛藤が低く、多くは冷静に話し合うことができます。しかし、そこに至る経緯は平たんではないはずです。何度も「まだ、大丈夫」と自分に言い聞かせ、それでも限界に達する出来事やきっかけがあったりして、決断に至るのです。

そういった経過のある夫婦が「今後、一切、相手とかかわりたくない」と思う感情はごく自然で当たり前なのですが、その当たり前を乗り越えてもらう必要があります。また、支払いたくない者の心情への理解も欠かせません。例えば、望まない離婚を受け入れ、自分の親としての義務に思い至るという過程が必要です。子どものために決めるべきことを決めてもらうには、その心情に寄り添い、親自身を支えていくことが求められます。

一方で、寄り添いよりも「強制」でしか解決できない人たちもいます。養育費の問題は、引いては夫婦の問題です。すべての夫婦に個別性があり、異なるストーリーがあります。そのため、全てのケースを網羅するような養育費保証制度は不可能です。ただ、「単なる養育費確保」という視点ではなく、離婚後の子どもの福祉という視点に立ち返り、両方の親からたっぷりと愛情をかけてもらえるには、といった視点の議論が必要ではないでしょうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る