面会交流

面会交流は本当に子どものためになる?!

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面会交流は、子どもと一緒に住んでいない親の権利であると共に、子どもの権利でもあります。ですが、「子どものための面会交流」という大前提について疑問を投げかけられることがあります。
例えば、DV夫と子どもとの面会交流について、妻から「あんな人に子どもを会わせるのが子どものためになるとは思えません。」と言われることがあります。また、不倫した妻に対して、夫から「子どもを見捨てた母親に会わせることが子どものためになるとは思えない。」と言われたりもします。
そこで今回は、面会交流や共同監護についていくつかのアメリカの研究を考察しながら「面会交流は本当にこどものためになるのか。」について考えてみたいと思います。

   1 いくつかの研究

1-1 Wallersteinらの追跡研究

まずは、Wallersteinらの研究があります。この研究は、カリフォルニア州で60の家族を対象に行われた25年間に及ぶ追跡調査です。この調査は、親の離婚を経験した子どもの、その後の適応状態を調査し、適応が良好であった子どもが「なぜ良好に回復したのか。」ということを探っています。その理由として、離婚後の家庭の安定性や、両親間の葛藤の大小、そして、別居する親との関係性やその継続性が「良好な回復」に関係すると結論付けています。

この研究が日本の裁判所に与えた影響は大きいと指摘する研究者や実務家がいます。ただ、注意が必要なのは、この研究は、5年後、10年後といったように継続して行われており、その研究の結果として父母の葛藤が高い場合の面会交流は子どもの負担になることや、同居親の監護能力が何よりも重要な要素であることも指摘しています。これは、言い換えると、父母の紛争が離婚後も継続しており、子どもと別居親の面会交流が同居親の心身の負担となっている場合、それによって同居親の監護レベルが下がれば、子どもに悪影響が及ぼされるということです。すなわち、同居親の監護レベルを保つことと、別居親との面会交流によるメリットを天秤にかけた場合、子どもの福祉にとっては前者を重視すべきともとれる結果だということです。

1-2 AmatoとGilbreth(1999)

次に、AmatoとGilbrethによる、63の研究のメタ分析です。これは、多くの研究のメタ分析である点で、ある程度の信頼性を担保していると言えますが、この研究の結果は興味深いことに、離婚後の父親と子どもの交流の頻度と、離婚後の子どもの適応の関連性は弱いと結論付けています。つまり、父親と子どもが会う時間が多ければ多いほど、子どもの適応がよくなるわけではないということになります。一方で、養育費の支払いや父子の交流の質については、子どもの適応との関連性が強く表れていると述べています。これを極端なまとめ方をすると、「会う時間ではなく、その内容が大切であること。」が分かります。また、養育費の支払いとの関連については、養育費の支払いがきちんとなされていれば、離婚後の経済問題が起こりにくいこと、同居親や子どもの別居親に対する感情が良好になる結果、子どもの適応が良くなる、と考えることができるのではないでしょうか。

1-3 AdamsonsとJohnson(2013年)

次に、AdamsonsとJohnsonが2013年に行った研究です。これも、52の研究のメタ分析であることや比較的新しい研究である点で、注目されます。 この研究の結論は交流の質や関与の範囲の広さは子どもの適応の良さと関連するが、交流の頻度や養育費の支払いの有無は関係ないと結論付けています。

   2 これらの研究から言えること

2-1 一体研究の結論は何?

さて、これらの研究結果を見て、みなさんはどのように思われたでしょうか。 そもそも、アメリカでは、面会交流や共同親権についての数多くの研究がなされ、数多くの結果が出ていますが、なぜそのような状況が出てくるのでしょうか。おそらく、「関心が高い分野だが、決まった研究結果がない。」ということに尽きるのではないでしょうか。 先ほどの養育費と子どもの適応の良し悪しの研究結果でも分かるように、比較的信頼性の高いメタ分析(いくつも研究を比較検討して分析するやり方)でも、真逆の結果が出ているのです。加えて、「高葛藤夫婦でも同じことが言えるか。」という条件を加えると、それはそれで結果が変わってきたりするのです。
また、少し次元の違う議論にはなりますが、一昨年、人間の心理に関する科学的研究の信憑性に疑問を呈するような論文が発表されたのをご存じの方もおられると思います。 この論文は、米科学誌サイエンスに掲載された論文で、270人の科学者からなる「オープン・サイエンス・コラボレーション(OSC)」が、それ以前に発表された研究論文100件について再現実験を実施したところ、39%しか成功しなかったと指摘したものです。 もっとも、これに関しては、再現実験の仕方が適切でなかったという反対論文も出されたりしていますが、人間の心に関する研究の難しさをよく表しているとも思われます。

2-2 面会交流は「量より質」

そんなこんなで、研究結果がまちまちだったりはするものの、大枠では、「面会は量より質」だということはできそうです。ただ、質を確保するためにも、ある程度の量が必要であるという主張もあり得るでしょうし、「質とは具体的には何だ?」という疑問もあるかと思います。また、先ほどから「子どもの適応」と書いていますが、「適応」とは一体何を指すのか、という議論もあります。 これに関して、数種類の「適応」を分類し、面会交流によってどの「適応」と関連性があるかを調査した研究もあったりしますし、質の良い面会交流について「どのような関わりが子どもの適応を増すか」について研究している論文もあるので、興味のある方は調べてみてください。

面会交流の具体的な方法について書いています。参考に読んでみてください。

元家庭裁判所調査官が提案する具体的面会交流10パターン
元家庭裁判所調査官が提案する間接的面会交流5パターン

   3 まとめ

色んな研究結果があるものの、「別居親と質・量ともに充実した面会交流を行うことが子どもの福祉に適う。」というのは概ね間違いないのだと思います。ただ、実際は、質も量も十分な面会交流ができていると言える親子はそんなに多くないのではないでしょうか。
私は、理想的な面会交流の実施を難しくしている一番の理由は、現在の日本では、「離婚をしても、別居親と子どもの交流は続くものである。」という認識が低いことにあると考えています。 たとえ子どもがいる夫婦であったとしても、「離婚さえすれば過去を清算できる。相手とは一切手を切れる。」という感覚を持っていることに問題があるのです。そういう感覚を持っている人は、簡単に別居親の悪口を子どもに言ったり、自分の言動が子どもの認識にどう影響を与えるかに考えが至らないのです。

また、「〇〇したんだから(不倫したんだから、暴力を振るったんだから等)、子どもには会わせない。」という考え方も円滑な面会交流の妨げになっています。ひどいことをされた憎らしい相手の希望をかなえてやることに大きな抵抗があることはとても理解できます。しかし、親同士の問題で子どもから面会交流の権利を奪うことがあってはいけないのです。

なぜこんな状況が生じるのか。それは、「親の離婚に直面する子どもはこんな状況に陥りやすいですよ。」、「子どもの喪失感を補うためにも、別居親との面会交流が大切ですよ。」という情報に触れる機会が少ないからではないでしょうか。 いつかも書きましたが、アメリカの多くの州では、離婚するにはある心理的援助プログラムを受講しなければ離婚できないのです。そのプログラムでは、まさに上述のような知識が付与されています。 そういった意味では、最近日本でも話題になりつつあるFAITプログラムのようなものの普及が待たれるのだと思います。

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