DV

面前DVという虐待と面会交流

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面会交流がうまくいかない理由の1つに「別居親による虐待」があります。今日は、虐待の中でも「面前DV」という虐待と面会交流の関係について書きたいと思います。

   1 面前DV

1-1 面前DVとは

夫婦間のDVが子どもとの面会交流に影響を及ぼすパターンの一つとして、面前DVがあります。これは、「DVが子どもの目の前で行われており(「面前DV」)、そのこと自体が子どもへの虐待であると主張され、面会交流の阻害事由となる。」という事情によります。

言葉から想像できると思いますが、この「面前DV」は、子どもの目の前でDVを行うことをいいます。

1-2 面前DVは虐待か?

数年前から、警察から児童相談所への虐待通告が劇的に増えているのですが、この原因は、「面前DV」は精神的虐待にあたる、という考え方を徹底しているからだと言われています。夫婦間のDVを子どもに見せることが虐待になるのかどうか、疑問に思う人もいるかもしれませんが、警察では、面前DVを虐待だと認定しているのです。

父母同士で話し合いがつかず、家庭裁判所で面会交流の調停や審判をおこなうとき、「禁止・制限事由」があるかどうかが問題になります。そして、別居親の子どもへの虐待は典型的な禁止・制限事由です。そのため、面前DVは面会交流の禁止・制限事由になりうるということができます。

1-3 「虐待=面会交流禁止」なのか?

ここで、問題となるのは、「虐待=面会交流禁止」ではないことです。かなり「≒」ではありますが、場合によっては、面会交流が認められることがあります。

例えば、子どもがきちんと話ができる年齢で「お父さんがお酒を飲むと、殴られたり蹴られたりした。あざができることも多かった。お父さんが酔って帰ってきた日は、お母さんと一緒に寝室に隠れていたが、それでも部屋を開けられて殴られることがあり、体育の授業はあざを隠すのに大変だった。お父さんにはもう会いたくない。」と語った場合はどうでしょう。父親が「殴ったり蹴ったりしたことは事実だが、教育やしつけのためにやった。」と言ったところで、誰も子どもに「お父さんと会ってみたら。」とは思わないでしょう。

一方、母親が、「夫は子ども(4歳)の前で卑猥な言葉を言ったり、子どもたちに言わせたりしていた。入浴の後、裸で出てきては子どもたちに拭かせたりもしていた。これは性的虐待であり、こんな父親とは会わせられない。」といった場合はどうでしょう。周辺情報によると、子どもは虐待をされた認識はなく、お父さんと楽しく遊んだとしか感じていなさそうです。でも、母親から吹き込まれたのか、「パパが嫌なこと言わせたり、体を拭かせたりして嫌だった。」と言ったとしたら?

この場合、お父さんに「もう〇〇と言わない。」という約束をしてもらったり、そういう内容の手紙を子どもに書いてもらったりすることで、何とか道が開けそうな感じもします。面会交流の場面を限定したり(父親と子どもが二人きりにならないような場所を設定したり)、見守り型の第三者援助機関を使うことも考えられるかもしれません。

といった具合に、虐待の態様は様々で、結果も一つとして同じものはありません。

   2 面前DVの具体例

では、精神的虐待である面前DVは面会交流の禁止・制限事由になるのでしょうか。

例を2つ見てみましょう。

ケース1

子どもは4歳、夫は妻に対して、暴言を繰り返していました。ことあるごとに、 「おまえなんかと結婚しなけりゃよかった。」 「おまえの作った飯を食ったらバカがうつるから食えねえ。」 などと言い、妻の服だけ別に洗濯するよう要求したりしていました。子どもはこの様子を日常的に見ていました。 そして、4歳なりに、「パパは大好きなママいじめてた。だからパパ嫌い。」と語ります。

ケース2

子どもは12歳の女の子。妻から夫に対して以下のようなDVがあり、子どもはそれを見聞きしていました。妻は夫と口げんかになるたびに、「お前の親がろくでもないからお前もうだつが上がらないんだ。」「稼ぎが少ないなら保険金のために死んでくれ。」 等とわめきながら、物を夫に投げつける。一度、包丁で切り付けたことがあり、夫は流血した。 子どもは、「お母さんの顔を見ると、お父さんがけがをした場面を思い出して鼓動が激しくなる。そもそも、あんな口の悪いお母さんを母親だと認めたくない。」と話したとします。

ケース1とケース2では、子どもの年齢と面前で繰り広げられたDVの程度が異なります。しかし、面前DVであることに違いはありません。同居親としては、嫌がる子どもに無理をさせてまで、このような別居親に会わせる気持ちはさらさらないでしょう。また、ケース1の子どもだって、大好きなママがいじめられるのをとてもつらい気持ちで見ていたのだと思うと、「まだ小さいから」という理由で子どもが語ったことをないがしろにはできない気がします。個人的には、ケース1もケース2も禁止・制限事由になると思います。

   一番大切なこと

3-1 面前DVは立派な虐待

親だって一人の感情ある人間です。「子どもの前でけんかはいけない」と思っていても、感情が抑えられないときだってあります。また、子どもだってガラスの心ではありません。パパとママがけんかしても仲直りしてくれると分かっていれば、少しのけんかで不安になったりしないでしょう。でも、大人が思っている以上に、子どもは親が仲がいいことを喜び、仲が悪いことを不安に感じています。

家裁調査官時代、たくさんの子どもから話を聞いてきましたが、多くの子どもが親のけんかに胸を痛めていました。親がけんかを始めると、知らんぷりしている子、さりげなく自分の部屋に戻る子、「けんかはやめて」と仲裁に入る子、いそいそと部屋の片づけを始める子、本当にいろいろです。でも、みんな気持ちは同じです。親に仲良くしてほしいのです。

けんかよりもっと子どもたちを辛くするのが面前DVです。子どもにとっては、両方大切な親なのに、その一方がもう一方を痛めつけている様子を見なければいけないからです。個人的には、面前DVは立派な虐待であり、許されることではないと思っています。

3-2 面会交流よりも大切なのは子どものイメージ回復

面前DVは立派な虐待であり、面会交流を禁止・制限する理由になり得ると考えています。しかし、ときには、面前DVのために面会交流が難しい親子に間接的面会交流を進めることがあります。最初は、同居親から大変反発されることもあります。「あんなことをされて傷付いたのは私たち母子です。なのになぜ父親のためにまた苦しまなければならないのですか。」と。おっしゃることもごもっともだと思います。しかし、私が間接交流を提案する理由は別居親のためではありません。子どものためです。「あんな親、最低」だと思っている子どもの親に対するイメージを少しでも改善してあげたいからです。

「親が憎い」、「親が嫌い」という感情は、親が思う以上に子どもに負担をかけます。なぜなら、子どもの半分はその嫌いで憎い親からできているからです。子どもは、虐待されたって親を大好きだし、大好きでいたいのです。

このような抽象論は別にしても、親を嫌うということは、子どもの将来に大きく影響してきます。思春期にアイデンティクライシスに陥ったり、父親像や母親像がゆがみ、子ども自身の異性関係に影響を及ぼしたりもします。両親と同じように離婚を経験するかもしれません。

ですので、ケース1の場合も、何等かの形で父親イメージを修復してあげてほしいのです。「パパ、ママに意地悪してごめんね。」と父親から子どもに謝罪してもらうのもいいですし、第三者援助機関立会いのもと、「子どもが楽しいこと」に重点を置いた面会交流を続けることで、徐々にイメージ改善につなげることができるかもしれません。

ケース2の場合は、子どもの精神面にも考慮する必要があり、面会交流よりもまずは心療内科かもしれません。でも、何年かかっても構いません。いつかは母親のイメージが少しでも改善されれば嬉しいと思います。

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